2−7 テオさんって、なんなのかな


「そう、だったんですね……。テオギスさまは、あ、貴方たちの森に」


 静々と語り続けていた青年がしばらく黙り込むのを見、フィールーンは間を繋ぐための声を挟んだ。


 あまり話さない彼――セイルにとっては、かなりの負担を強いているに違いない。


 同じように感じていたのか、木こりの妹も久々に口を開いた。


「テオさんはあたしたちが初めて見た竜だったけど、すぐに仲良くなっちゃったのよ。竜ってみんな、もっと石頭かと思ってたし」

「無礼だとたしなめるべき場面かもしれないが、そういう竜も多くいる。なにせ彼らはヒトよりも長命だからな。鋭い目をお持ちだ、エルシー君は」

「ど……どうも」


 うんうんと朗らかに笑んだカイザスに、エルシーは緑髪をいじりながら赤くなる。

 剛気な彼女が見せた年相応な反応に、フィールーンは密かに心を和ませた。


 一方で少女とは正反対の硬い表情を浮かべているのは、隣に座すリクスンだ。


「どうした、木こり。早く続きを話せ。茶など出さんぞ」

「り、リンったら……!」

「しかし姫様、我々はただの思い出話を聴くためにこんな草地に座っているのではありません」


 その言い方は普段の彼よりもやや無機質で、騎士隊の者として責務を果たそうとしていることが窺えた。

 木こりたちと竜の心温まるやりとりをもっと聴きたいと望んでいたフィールーンは、そっと己を恥じる。


「分かってるわ。騎士さんが訊きたいのは、こうでしょう――そもそもどうしてテオさんが、あたしたちの森に落っこちてきたのか」

「そうだ。それに……」

「どうして一度は助かった彼が、死んでしまったのか」

「あ、ああ」

「さらにはお兄ちゃんがどうやって竜人の力を制し、この王都までやってくるに至ったか――でしょう?」


 疑問をすべて開示されたことに驚いたらしい側付が、片膝をついて上体を乗り出す。


「君は他人の心が読めるのか!? やはり、ま」

「あーッ、あっしも訊きたいっす、その辺り! 気になって仕様がねえや!」

「わわ、私もですっ!」


 転がるように飛び込んできたタルトトとフィールーンの言葉が重なり、なんとかエルシーの目は細められるだけに終わる。獣人にじろりと睨まれた無礼者は、難しそうな顔をしつつも黙した。


 場が落ち着いたのを確認し、話し主が低い声を出す。


「……今から話す。そのつもりで座っている」

「は、はい。あの……お願いします、セイルさん」


 ぺこりと丁寧に頭を下げると、木こりの青年はちらとフィールーンを見返す。その茶色い瞳に影が落ちたように見えたのは、辺りの闇が映り込んだからか――それとも。


「テオギスが来て半年間は、特になんの事件もなかった。オレと妹は“竜の賢者”の友となり、あいつはやけに根深い怪我の治療に専念した」

「それも気になるっすねえ。竜ってのは、怪我なんかぱぱーっと治せちまうと思ってやしたが」

「理由は分かるわ、タルトちゃん。……もうすぐよ」


 口の早い商人を静かに諫めたエルシーの表情も暗い。いよいよ話が不穏な部分に突入しようとしているのだ。


 フィールーンは背筋を伸ばし、汚れたスカートの上で拳を作った。


「……“その日”がやってきたのは、最初の日と同じくらい突然だった――」





「ねえ、お兄ちゃん。テオさんって、なんなのかな」


 いつも明快な物言いを好む妹が発した呟きに、セイルは作業の手を止めて顔を上げた。布カバンに詰め込んだ荷――件の竜のための夕食である――から、りんごが転がり落ちた。


「なんだ、それ」

「だって気になるでしょ? どうしてケガしたのか、ぜったいおしえてくれないし」


 拗ねたように言うエルシーは、憤りつつも手際良くパンを切り分けている。セイルはりんごを荷の隙間に押し込み、思案した。


「精霊たちがいってたわ。テオさんは、なにかから“かくれてる”って」

「かくれてる……?」

「うん。いつもそういう魔法をつかっていて、森にいることをかくしてるの」

「なにから?」

「わからないわ」


 小さなため息を落とし、エルシーはパンの包みをこちらへ押しやった。


「気になるなら、きけばいいだろ」

「えー、イヤよ。きらわれて飛んでいっちゃうかもしれないじゃない。まだまだお話がききたいし、もうおともだちなんだから!」

「……おれだって」


 気まずい空気が流れる。


 もちろんセイルとて、竜の正体について考えなかったわけではない。彼に怪我を負わせた相手が追ってくるのではないかと、森の見回りを強化したことだってあった。

 しかしそれもここまで平和だと、気が緩むというものだ。


「だからね、これ――“ひみつへーき”!」


 ニヤリとしたエルシーが机の下から取り出してきたのは、子供の手には余る大瓶。中で赤い液体が波打っている。


「お、おまえ……! まさかそれ、酒か!?」

「そ。お料理につかうっていって、“まんぷくアヒル亭”からもらってきちゃった」


 ぺろと小さく舌を出した妹に、セイルは盛大に呻いた。


「そんな理由で、コドモにわたすなよ……」

「あら、ちょっとはホントなのよ。お肉をあぶる時につかうと、炎がぶわあってなって、すごくおいしくなるんですって。テオさんがおしえてくれたんだから」


 楽しそうに語るエルシー。彼女の行動力を見るたび、本当に自分たちは血の繋がった兄妹なのかと怪しく思ってしまう。


「おとうさんも、お酒をのむとおしゃべりになるじゃない? だからテオさんもって」

「酔っぱらいすぎて、クチから火でもふかれたら……」

「そうなったら、川から水の精霊をよぶわよ。とにかく、やってみなきゃ! ねっ?」


 許可を求めるように手を合わせる妹だったが、おそらくセイルが渋っても結局は思いつきを実行するだろう。

 親しくなったとはいえ、相手は巨躯を有する竜だ。兄としては、彼女ひとりで行かせるわけにもいかない。


「よし、決まりっ! んじゃ、はやくパン詰めて」

「もう入らない。手でもつ、かせ」

「……」


 妹の異変に気付いたセイルは、なんとか背負った荷越しに振り向く。


「どうした、エルシー?」


 そこには自分と同じ色をした大きな瞳が、怯えたように揺れていた。


「うそ……。だって、そんな……そっちは」

「!」


 エルシーの耳元を漂っている小さな光の粒を見、セイルは鋭く訊いた。


「精霊か? なんていってる」

「森が……森が、燃えてるって」


 セイルは訊きながらも素早く斧とバケツを手に取る。


「どのあたりだ」


 落雷などがもたらす小火は木こりにとって脅威だが、対処を間違わなければ手遅れにはならない。さらにこちらには、森の異変をいち早く知らせてくれる精霊がついている。


 だと言うのに、その精霊たちの幼き使い手の目には明らかな絶望が現れていた。


「テオさん」

「え?」


 聞き逃さなかったわけではない。しかしセイルは、信じたくない想いでそう妹に尋ねた。

 ややあって、泣き出しそうな声が返ってくる。



「テオさんがいる広場が……燃えてるって」


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