1−19 誓いのキスをくれないか?
セイルの放った言葉に、王女の顔から血の気が引く。
「そんな……! 一連の騒動はあたしと同じ、“竜の血”の摂取による――“竜人化”だと言いたいのか!? あり得ない!」
「そうか? じゃあこれは耳に入らなかったんだな。呪いの被害者の多くは、黒髪や黒目を持つヒトや竜だった」
「!」
「さらにその遺体には、“白い鱗”が張りついていたんだと」
「なっ……!?」
おそらくこの情報はフィールーンにとって刺激が強すぎるとし、彼女に近しい者たちが封じ込めていたのだろう。しかしいつまでも隠しておけることではない。セイルはなるべく静かな口調で続けた。
「どうも竜人の鱗ってのは、力をくれた相手の色をそのまま映すらしいな」
色違いの瞳を見開き、彼女は己の身体がまとう乳白色の鱗を見下ろしている。月光が差す角度によって、白き鱗は時に美しい虹色に輝いていた。
「竜の中でも、それが珍しい色なのは知っているよな」
「……“シロノチ”」
「あ?」
「城で襲ってきた竜人が、あたしをそう呼んでいたんだ。“白色を持つ者の血”、という意味か?」
顔を青くしつつも、王女は強い興味を覗かせて問う。セイルは黒い眉を寄せた。
「それは俺も聞いたことがある。理由は知らねえが、“あいつら”はどうにも白――恐らく、その対である黒も――の特徴を持つ奴に執着してる」
セイルの答えを聞くや否や、彼女は学者よろしくぶつぶつと考えを呟いた。
「古来より白――そして黒は、魔力の頂点と言われる色。飛び抜けて濃い魔力に耐えきれず、血を与えられた者はすべて死んだ。加えて近年、白い竜として認知されているのはルナニーナのみ……。つまり、“呪い”に使われたのは彼女の血」
自分の推測に驚愕したように目を見開いた竜人王女だったが、しばらくして自ら核心を口にした。
「で、では彼女の……ルナニーナの血が、“あの時”持ち去られた……?」
「そこまでは断定できねえが、俺の“賢者”が言うにはその可能性が高いんだそうだ。てことは、だ」
セイルが結論を述べるより早く、聡い王女は震える声を落とす。
「“呪い”をもたらしている犯人は、ルナを手にかけたのと同じ者。または関係者」
「ああ。そいつがまだ付近にいて、“白の血”を引き継いだお前さんを狙ってるとしたら」
「でも、なぜ今までは……?」
「わからねえ。けどこの騒ぎは、今年に入ってから急に起こり始めた。いよいよ不穏じゃねえか」
暴れ出すのではと密かに身構えていたセイルだったが、王女はただ呆然としている。衝撃のほうが勝ったのだろう。
(セイル、一気に情報を与えるのは危険だよ。混乱してしまう)
「何だよ。ちったぁ“おしとやか”になったじゃねえか?」
テオギスの忠告におどけてみせた後、セイルは大きな咳払いを落とす。思考の海に沈んでいたらしい王女がぎょっとしてこちらを見た。
「さて、これで俺の言いたいことは全部だ。フィル、お前さんの答えを聞かせてくれ」
「……」
「あ、悪ぃ。最後にもうひとつだけいいか?」
きょとんとする王女に、セイルは頭の後ろで手を組んでニッと笑った。
「お前さんは喜ばないかもしれないけどな。俺は同じ“竜人”に――いや、お前さんに会えて今、すげえ嬉しいんだ」
「!?」
よく出来た彫刻のごとく固まった王女を見下ろし、竜人青年は悠然と続ける。
「お前さんと違って、俺は自分の意思でこの力を受け入れたが――それでも、ヒトじゃなくなったって現実には色々とキツいもんがあった。しかも成っちまったのが、もう大昔に滅んだ種族ときた!」
「そ、それは……」
自分もそうだ、という表情を浮かべて控えめにうなずく王女。その様子にまた嬉しさが込み上げ、セイルは思わず彼女の手をとる。
「だろ!? やっぱ、同じ存在がいるってのはいいよな! アレだ、同胞ってやつだろ、俺たち」
「えっ、ええと……!」
自分よりも小さくて細く、鱗が少ない手。その柔らかさと温かさにセイルは感動しつつ、心に浮かんだ思いをそのまま吐き出し続けた。
「俺は正直、知らねえヤツとお喋りすんのは嫌いだが――昔からずっと、お前さんにだけは絶対に会いに行くって決めてた!」
「ふぁぇっ!?」
なにやら心中でため息らしきものが聞こえた気がするが、すぐに王女の奇声にかき消されていった。セイルは黄金の瞳を満月のように輝かせ、ずいと白き王女に迫る。
「だからよ、フィールーン! 俺と一緒に来てくれ」
「でも、あ、あたしは――!」
「力が制御できなくても、旅に慣れてなくてもいい。犯人に復讐するかも、そのうち決めりゃあいい。ただ、あの城にいるのはもう危ねえんだ」
「……っ」
彼女の瞳に不安と恐れの色が浮かび、この国で一番背の高い住まいへと向けられる。セイルはその視線をふたたび捕らえ、熱っぽく言った。
「頼む――俺にはお前さんが必要なんだ、フィル!」
「!」
心のままに生きる“竜人”になったとて、己の言葉が急に豊かになるわけではない。セイルは語彙の少ない自分にやきもきしながら相手の反応を待った。
「……。ふ」
「ん?」
「ふ、ふふっ! あっはははっ!!」
暗い森に響き渡った笑い声に、とっさにセイルは警戒の態勢をとる。
しかしその声が王女自身から発せられたものだと気づくと、思わず瞳を丸くした。
「もうっ……な、何なんだ、君は!? ふふ、お……おかしいことを……っ!」
「おい、俺は本気で――!」
「だ……だって、そうだろう? 大昔に世界中を震えあがらせた“竜人”に会うことができて、嬉しいだなんて……! 不謹慎の極みだぞ」
「……。じゃあお前さん、なんで笑ってんだよ」
気恥ずかしくなったセイルが年相応に唇を尖らせると、王女は目の端に浮かんだ水を指ですくって答えた。
「あたしも嬉しいんだ。たぶん――君に、会えたことが」
大輪の白い花が咲いたような、笑顔。
「……!」
セイルは胸の奥に何かが打ち込まれたような刺激を感じ、思わず宙でよろめいた。勢いよく王女に背を向け、ぼそぼそと心中の友に話しかける。
「おい、賢者。今、なんか変な魔法使ったろ」
(なんだい急に。魂だけの存在が、宿主に魔法を向けるわけないだろう?)
「けど、なんかビリッて――あ、もしかしてさっきの蹴りで折れた骨が肺に刺さって……!? それはさすがにマズい」
(ああうん、それなら心配ないさ。なにか、“別のもの”は刺さったかもしれないけどね)
「な、なんだよそれ!?」
(ほら、紳士は淑女を待たせないものだよ)
舌打ちをしながらセイルが王女に向き直ると、彼女は上気させた頬を両手で挟んでもじもじと身をよじっていた。
「あ、あの、セイル……。あたしに会えて嬉しいと、間違いなくそう言ったのだな、君は?」
「……っ、あァそうだよ! 繰り返すんじゃねえよ、恥ずかしい」
「なら――証拠を見せてくれないか?」
「は?」
油断していたとはいえ、それはまさに一瞬の出来事だった。
「っぐ!」
肩を掴まれたと気づいたと同時、セイルの視界がぐるんと回る。続いて翼に鈍い衝撃が走った。仕上げに後頭部を硬い幹に打ちつけたところで、さすがに竜人は呻いた。
「ってェ……! って、おい!?」
「形勢逆転だな、侵入者殿。今度は、こちらが責め立てる番だぞ」
「何言って――!」
反論の言葉をむしり取るように、両肩を掴む王女の手に力がこもる。
臆すこともなく――むしろ積極的という表現が正しい――近寄って来た彼女の顔が、セイルを真正面から捉えた。
薄く開かれた形の良い唇から、吐息と共にひとつの願いがこぼれ落ちる。
「もうひとりの竜人殿……誓いのキスをくれないか?」
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