1−14 俺は好きだね


「今、参りますよ姫――ってな!」

(紳士らしくね、セイル。ヒトになった時、君自身が困るんだよ?)


 暗い森へと突入した竜人は、上機嫌に口角を持ち上げたまま友へと言い返した。


「うるせえ、しゃーねえだろ。竜人に成ると、なんか“こう”なっちまうんだから」

(この現象だけは、修練を積んでも解決できなかったねえ……。たぶん君の精神へとかかる負荷を軽減するための防衛仕様なんだろうけど)

「くく、しかし困るよなあ、賢者殿? なんたって、出てくるこの“仮の人格”ってのは――若き日のテオギス・ヴァンロードのものなんだからよ!」


 からかうように言い放つと、心中の賢者もさすがに苦笑を漏らす。


(ちょうど君くらいのよわいの頃だね。我ながら、なんとも“イケイケ”な時代もあったものだ)

「どういう意味だ、それ? また古い竜語か」

(ああ、時代のズレを感じる……っと、セイル! 前!)

「あ? ――おわっ!」


 内側の声に集中していたセイルは、目前に出現した影に金の双眸を見開いた。翼を一度羽ばたかせて身体をひねり、すんでのところで衝突を回避する。


「っぶねぇ。なんだ、今の」

(裂けた樹木の幹らしいね。辺りをご覧よ、竜巻でも通ったかのような有り様だ)


 まっすぐな木々の間に浮き上がる、哀れな樹木のねじれた影。セイルは友の助言を聞き入れ、さらに暗闇を見回した。


 ヒトよりも優れた目を凝らせば、そこは――。


「まさに嵐のあとって感じじゃねえか」

(この森の木こりたちが不憫ふびんになるねえ)


 力任せに爪痕を刻まれた木や、鳥の巣ごとなぎ倒された若い木。さらには魔法で焼かれたらしい焦げ跡をもつ茂みや、脚を引きずって逃げる鹿の姿も見えた。


「まったくだな……。あとを追っかけるにゃ、苦労しねえけどよ」


 森のあちこちに損害が広がっているが、そこに追跡者を迷わせるような工作や罠の意はなかった。ただ翼に傷を負ったようなぎこちない飛び方をする何者かが、不器用に突き進んだ軌跡しかない。


「お!」


 森の荒れようを頼りに飛んだセイルの目が“その姿”を発見するのに、時間はかからなかった。前方の木立から垣間見えた白色に、鱗に覆われた腕をぶんぶんと振る。


「見えた! おーい姫さん、迎えに来たぞーっ!」

「ッ!?」


 白と黒が入り混じった頭がびくりと跳ね、こちらに振り返る。追跡者の姿を認めた王女は、羽虫を追い払うように手をばたつかせた。


「んん? 何やって……うおっ!?」


 不慣れな動作から生み出されたとは信じがたい、強力な風の刃がセイルへと飛来する。避けると同時、背後にあった樹木の輪郭がずれていった。それを目撃した竜人は呆れたように目を細める。


「王族の挨拶っつーのは、いつもこうなのか?」

(というか、追跡対象に気安く話しかけるのもどうかと思うけどね)

「おーい、ちゃんと前見て飛べよ! ぶつかるぞー!」

(おや、さらには的確な助言まで。まったく、お人好しな追跡者もいたものだよ)

「可愛い顔がひしゃげる姿なんざ、見たくねェだろ?」


 心のままに友と会話し、セイルは翼で風を捉えて速度を上げた。たったそれだけで目標の頭上に到達を果たし、満足した声を響かせる。


「森での追いかけっこで木こりに勝とうなんざ、100年早ぇぜ? 姫さんよ」

「くるな……ッ!」

「ん?」


 荒々しい言葉と共に、白熱した光の球がフィールーンの手から放たれる。それらが木々を焼くものだと直感したセイルは、爪が光る両手をかざした。


「魔法は得意じゃねえが――テオ、力貸せ!」

(ふふ、仰せのままに)


 竜人の手から扇状に放たれたのは、先ほどの防御壁と同じ力だ。しかし賢者の力を借りて薄く引き伸ばされたそれは柔らかくしなり、王女が放った魔法を残らず捕らえて相殺する。


「なっ……!?」


 王女が驚きの声を上げ、ようやく飛行を止める。同じく即座に急停止し、セイルは彼女の頭上でにんまりと笑った。


「高い所から悪いんだがよ。“こっち”の姿では初めましてだな、王女フィールーン」

「……のどこが、王女に見えると言うんだ?」


 容姿はもちろん、彼女の口調は――自分と同じく――別人よろしく変化している。セイルは小声で友を詰問した。


「すいぶんと勇ましいな。てことは、ありゃお前の嫁さんの……」

(いやあ、懐かしいよ。この頃のルナはまさに“孤高の狼”って感じだった。まあ、そこに惚れたんだけどね)

「竜だろ、お前ら。悪ィが、ノロケ話を聞いてる時間はねえぞ」

「何をこそこそ話しているッ!」


 噛みつくような言葉の割には顔を背けたままの王女に、セイルは腕組みして声をかけた。


「その姿も決まってるぜ、なかなか。俺は好きだね」

「……」

「本心さ。“竜人こっち”の姿になると、めんどくせえ世辞せじや嘘はどこかへ行っちまう。知ってるだろ?」


 覚えがあるのか、王女は顔を上げてセイルを睨んだ。


「……ふん」


 その瞳にはそれぞれ、異なる色が煌めいている――大空を思わせる水色と、異形の象徴とされる黄金だ。肌に這い出した純白の鱗はセイルよりも遥かに少なく、生身の肌は小傷だらけだった。


(まだ変化は不完全のようだね。今のうちに捕えないと)

「かつ紳士的に、だろ。わーってるって!」


 セイルは風を切って急下降し、王女の目の前にぴたりと付けてみせる。突然接近してきた追跡者に面食らった目標は、仰け反って色違いの瞳を瞬かせた。


「なっ……!」

「まあ――」


 にっこりと笑ったあとで、相手には追えない速度でその細い両手首を捕まえる。



「“竜人流紳士”には、なっちまうがな」


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