1−11 決断してくれ
「私の“竜人化”を、解く……? ほ、本当にそう、仰ったのですか」
側付の後ろから顔を出したフィールーンは、出来の良いからくり人形のようにその言葉を繰り返した。
「ああ。そう言った」
「そ、そんなこと――!」
「普通のヒトに戻りたくないのか?」
「……っ」
意外そうな顔をして問うてくる侵入者に、フィールーンは言葉を失う。否定や肯定よりも先に、己が完全に“ヒトではない”という事実を突きつけられ怯んでしまったのだ。
代わりに口を開いたのは、やはりリクスンである。
「貴様! 姫様のご病気は、王城の医師やエルフの魔術師たちが手を尽くしても治らなかったものだぞ。それを、ただの木こりが」
「オレが治すわけじゃない。それに竜人化は病気でもない――オレのは“奇跡”、そちらのは“呪い”だ」
「のっ……!?」
物騒な単語に側付の頬が引きつる。その背後で、フィールーンは自分の心臓が奇妙にざわめくのを感じていた。
「のろ、い……」
しっくりくる表現だと口にすれば、この騎士は怒るだろうか? 王女は冷たくなった己の腕をぎゅっと抱き、侵入者である木こり青年――同じ年頃だと思われるが、自分よりも遥かに落ち着いて見える――を見つめた。
「オレは死にゆくテオギスから、竜の力と魂を“預かった”。だから竜人に変化する場面は、自分の意思で選べる。だがお前はどうだ」
「! わ――」
フィールーンは言い淀んだ。無意識のうちに、視線が己の細い指先へと吸い寄せられる。
「私、は……」
見慣れたヒトの爪がそこに揃っているのを見て心を落ち着かせようとするが、心臓は徐々に存在を主張しはじめていた。
「姫様。お気をたしかに」
「だ、大丈夫です……。まだ、どこも変わっていません」
やや緊張した面持ちで尋ねる護衛に、フィールーンはぎこちない微笑みを返す。
そうだ。ここ数週間は、“あの姿”にならずに耐えてきた。
今日も同じく“自分”を保つことに集中すれば良いだけのこと。
魔術に守られた塔の中ではなく、こんな屋外で変身などしてしまったら――。
「力の制御は、完全ではありません……。そ、それは認めます」
「王はやたらと壊れる壁の修繕に
「っ!」
自分の顔から血の気が引くのを感じ、フィールーンはばしゃりと水を跳ね上げて後退する。
発言者はふと誰もいないはずの空を見たあと、短い蒼髪を掻いてぼそりと言った。
「……悪い。余計なことを知らせた」
「あ――い、いえ。本当の、ことですし……。お城の皆さんには、とてもご迷惑をかけてしまっています……」
気まずい沈黙が落ちるが、議論の中心人物たる自分が黙り込むわけにはいかない。フィールーンは湿った空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「これが、“呪い”というのは……?」
「お前の力は、望んで受け入れたものじゃない。だから2つの魂が反発して、暴走する――オレじゃない、賢者がそう言ってるんだ。睨むな」
「む」
セイルの指摘に、護衛の金髪頭がぴくりと動く。この2人はあまり気が合いそうにない。フィールーンは慌てて次の質問へと移った。
「た、旅に出ると、仰いましたね……。どこか、当てが?」
「確実なものじゃない。だが、お前がそんな状態のまま8年が経つということは、王都には解決の手立てがないんだろう」
木こりの明るい茶色の瞳がちらと自分を見、すぐに逸らされる。王女は直感的に、彼もまた己と同じく人と接するのが苦手な性格であることを悟った。
「テオギスの知り合いに、
「そのような、御方が……」
「ああ。まずはそいつの話を聞きに、“世界樹”の膝元――アセンビア
フィールーンが頭の中の地図に印をつけるよりも早く、護衛はこの計画に異を唱えた。
「アセンビア湖だと!? あの付近は、世界樹からあふれる魔力に引き寄せられた強力な“魔獣”が
「だが城に閉じ込めておいても、状況は変わらない――竜人化は回数を重ねるごとに、酷くなっている」
「! くっ、何故そんなことまで……。まさか、城内に内通者が?」
驚愕と不審を浮かべ、リクスンが剣を握る手に力を込める。しかしその様子を見ても、対峙する侵入者は淡白な表情を崩さなかった。
「情報を流してくれた奴はいる。そいつは、王女の状態が快方に向かうことを望んでいた」
「信じられるかッ!」
「本当よ」
黙ってやり取りを観察していた木こりの妹が急に口を開き、フィールーンは飛び上がった。
「その方は、見知らぬあたしたちにもとても誠実に接してくれたわ。王女様をお救いできるなら、自身の立場なんて気にしないって」
「何……?」
「城に入るのにも協力してくれた。あなたが大騒ぎしなきゃ、全部丸く収まってたのに」
2つか3つほど年下に見える彼女――エルシーは、とても耳に心地よい伸びやかな声をしている。快活な見た目も相まって、たしかに精霊にも愛されそうなほど魅力的な少女だ。フィールーンはそのことに感嘆し、また羨ましくも思った。
「何だと! 城を警備する騎士が、部外者の侵入を黙って見過ごせるか」
「あとからあなたも誘う
肩を怒らせる護衛の後ろで、フィールーンはひとり空色の瞳を丸くする。少女の言い方によると、“協力者”とやらはやはり王城関係者――かつ自分たちに近しい者のようだ。
「それでどうする。王女フィールーン」
「!」
急に話題が自分へと向けられ、フィールーンは息を呑んだ。
静かな声の主は、相変わらず読み辛い表情を浮かべてこちらを見据えている。
「決断してくれ。このまま城に籠もって過ごすか――オレたちと一緒に旅立つか」
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