ホラー短編
ひろーかそ
第1話ホテルの顔
俺はK、30才のしがないホテルマンだ。
ホテルマンと言っても、有名なホテルのボーイやドラマであるようなリゾート地のホテルマンじゃなく、どこにでもあるような繁華街のラブホテル。
ただのラブホテルの従業員、だが仕事を聞かれたときにはほんの少しの自尊心のためにホテルマンと答えることにしている。
俺が勤めているのは東京でも有名な繁華街にあるラブホテルだ。
仕事内容は雑用から接客、ホテル内の設備の修理点検と多岐にわたる、勤務時間は長時間、一日出勤して次の日は休みと拘束時間は長いがその分出勤日が普通の人の半分だから結構気に入っている。
今日も俺は出勤のため郊外から電車に乗って通勤する。
通勤時間は30程で、昼過ぎからの勤務なので電車はガラガラ、ストレスなく座って出勤できるのもこの仕事の良いところだ。
ホテルの裏口から入り扉をあけて、フロントの方を見てから挨拶する。
「おはようございます」
従業員待機室とフロントは扉一枚隔てただけなので、フロントが接客中だと声が聞こえてしまうので注意が必要なのだ。
「おはようKさん、今日も早いですね」
平日の昼間なので暇なのかフロントから女性が出てくる、彼女は俺と同い年の女性でTさんだ。
俺は電車の快速の都合上、大体40分前には出勤する。
俺は時間になる前に着替え、タバコを吸って幹部とたわいのない話をして時間を潰す。
夕方になるまでは緊急でやる仕事もなく、お客様からの注文を届けたり、車で来たお客様の接客を行った。
夕方になると、部屋の掃除がかりのメンバーが変わる。
昼間はパートの主婦や年配の男性が多いが、夕方からは全員外国人パートに変わる。
言葉は通じない人もいるが、ほとんどは日本人学校に通っているので多少のコミュニケーションは取れるし、長年働いているベテランは日本語が普通に通じる。
だがその日は、シフトでは6人来るはずが4人しか出勤していない。
「K、今日はあいつら出勤してなくて連絡が取れない。キツいかもしれんが交代で清掃に入ろう。あいつらペナルティだぞ」
幹部が怒っている。
ルールとしては変わりの人に連絡して交代してもらうってことになっているんだが珍しいこともあるな。
それから俺と幹部はパートの穴を埋めるために交代で清掃に入った。
一段落したのはホテルのサービスタイムが終わった10時過ぎだった。
平日の昼間なのでここからは宿泊タイムだ。
日中勤務の幹部は帰り、日付けが変わると同時に外国人パートは帰っていく、それと入れ替わるように一人の部屋担当Aが出勤してきて3人で朝まで仕事をする。
俺は早々に二人に任せて仮眠をとる。
起きたのは午前二時、ここからはフロントのTさんが仮眠をとるので俺がフロントに入る。
何部屋か泊まりのお客様が帰ったのか、防犯カメラの映像を見るとAが掃除籠をもって部屋を移動しているのが映る。
俺はフロントで一人になって防犯カメラの映像をを眺める。
ここのフロントは一般的なラブホテルと同じで、支払い用の穴が空いているだけでお客様の顔が見えないようにフロントは黒いプラスチックの板で仕切られている。
防犯カメラの映像がないと入ってきたお客様の様子が見えないようになっている。
映像を何とはなしに見ていると、フロントの向こう側を映している防犯カメラの映像が目にとまる。
映像にはホテルのお客様用出入り口、そしてフロントの傍にショーケースが置いてあるのだがそれが映っている。
ショーケースを見ると、そこには女性の顔らしきものが映っている。
シーンと静まり返ったフロントで、少し寒気を覚えながら俺は防犯カメラの映像に近寄ってじっくり顔らしきものを見てみる。
顔だ・・・女性の顔だけがハッキリと映っている。
俺は少しの間、ジーッとその映像を見ていたが、女性の顔は微動だにせずずっとそこにある、映像はショーケースの斜め上からのものなので商品が重なってそのように見えるのだろう。
俺は少し安心してスマホを取りだすと、防犯カメラの映像を写真にとってみる。
朝になってみんなが来た時に見せてあげよう。
そして何がそう見えるのか確認しようとフロントを出て、ショーケースに近づいて顔が映っている部分を見るが、そこにはブランドバッグが一つあるだけだ。
これがどうしたら顔に見えるのか?
俺はフロントに戻ると防犯カメラの映像を見てみるが・・・先ほどまで確かに映っていた女性の顔のようなものが映っていない。
俺はショーケースに触れてはいないし、もちろん中のブランドバッグなどを動かしてはいない。
少しガッカリしながら、スマホを取り出して防犯カメラの画像を写した写真を見る。
写っていない・・・おかしい、さっき見た時はしっかり写っていたのに。
カタン・・・
ビクッとしながら俺は音の鳴ったほうを見る・・・そこは従業員用の出入り口で、深夜は誰も来ることはないので施錠している。
俺は少し焦りながら防犯カメラをチェックする。
誰もいない・・・何かが倒れたのか、猫でもいたのか?
ホテルは静まりかえっている、一人で掃除をしているからか、中々Aが掃除終了の合図を出さない。
平日の昼間と言っても繁華街だ、普段はお客さんがポツポツ来るのだが、今日に限っては一人も来ない。
Tさんの仮眠が終わるまで後どれぐらいだ?俺は時計を見ると・・・ぞっとした。
時計が動いていない、フロントを交代した午前二時過ぎで止まっている。
俺は急いでスマホを取り出すと、時間を確認しようとするが電源が入らない。
おかしい、おかしい。
焦ってスマホを弄っていると
カタン・・・
また、従業員用の入り口の方から音がする。
ただ、音がしただけだ、俺はゆっくりと防犯カメラを確認する・・・
よかった、何もいない。
ふと画面端に何かが写っている。
見たくない、見たくないと思いながら俺はその映像を見てしまった。
ショーケースに映っていたはずの女性の顔が、少し大きくなって、ライト一つで照らされている従業員用の出入り口の外に映っていた。
背筋に冷たい汗が噴き出てくる。
俺は軽くパニックになりながら、部屋で掃除をしているAを呼び出すボタンを押すが全く反応してくれない。
カタン・・・
また音がする、俺は直接掃除をしている部屋に電話をしようと受話器を持ちあげるが・・・反応が全くない。
カタン・・・カタン・・・
俺は全身にびっしょりと汗をかきながら、動くことができなくなっていた。
カタン・・・カタン・・・カタン・・・
ゆっくりとだが、確実に音の鳴る間隔が短くなっていく。
後ろを振り向けない、後ろには防犯カメラの映像を映し出す画面がある・・・。
身体は震えていて動かない、俺は必死に体を動かそうとした時、首だけが動いて防犯カメラの映像を見てしまった。
そこには俺を見つめるように画面いっぱいに映る、笑顔の女性の顔があった・・・
気がつくと俺は病院にいた。
聞いた話では、部屋の掃除が終わったAが戻ってくると、フロントで俺がうつ伏せで倒れていたそうだ。
慌てて仰向けに起こすと泡を吹いていたらしく、すぐに救急車を呼んだらしい。
俺は体に異常はなくすぐに退院できたが、そのホテルをすぐに退職した。
そして俺のスマホには何度やっても削除できない、女性の笑顔の写真が残っている・・・
ホラー短編 ひろーかそ @hirokaso
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます