第8話 おっさんじゃない、おじ様だ

「おっさん、お邪魔するぞ」


「お、お邪魔します…! 」


「だ~あれがおっさんだッ! 俺の事は、敬意を込めておじ様と呼べ、おじ様と!! …って。 なんだよ…誰かと思えばジル坊、お前さんかよ。 久しぶりだな」


 冒険者ギルド公認鑑定屋、特二級鑑定士マーカス・ゴルフォン。


 地元の冒険者から、度々親しみを込めてマーカスのおっさんなどと呼ばれているが彼が持つ鑑定士の称号、特二級というのはごく一握りの…エリート鑑定士である証明だ。


 鑑定士の等級は基本、冒険者とは違い数字が小さければ小さい程優秀である事を示しており。


 とくにマーカスのおっさんは特別階級第二層位…略して特二級の称号を得ている国内でも有数の凄腕鑑定士だ。


 社会的地位でいえば、俺も含め並の冒険者であれば恐縮してしまうような相手なのだが…そうさせないのが彼の人柄の良さ、親しみやすさなのだろう。


 ちなみに、マーカスのおっさんは既に特一級鑑定士になれる条件を満たしているが筆頭鑑定士と称される特一級へ昇格すると国のお抱えになり、地位と名声は得られるが色々と堅苦しい生活になるので昇格試験への誘いを幾度となく断っているともっぱらの噂だ。


 ここ、ポルータの街には幾つか鑑定屋があるのだが…駆け出しの冒険者達であればまずマーカスのおっさんの店に行けと進められることだろう、俺でも聞かれればそう薦める。


 といっても他の鑑定屋が悪いというわけではなく、他の店は鑑定料金の安さや特定のアイテムの鑑定に特化した能力を持つ鑑定士がいたりとそれぞれに売りがある。


 ただ”この鑑定屋は○○が得意”や”この鑑定屋では○○の鑑定が安い”といった知識がないうちは、少々値が張るが高水準の鑑定を受けられるマーカスのおっさんの店に通った方が結果的にお得だという話である。


「ああ、ちょっとばかしごたごたしてたからな。 つっても、もうその件は解決したけどな」


「ん? ああ…なるほど、そうかい。 なら良かったぜ。 となると、そっちの子はジル坊の連れか? 」


「ああ、そうだが…。 となると? 」


「なんだ? お前さん、あの噂聞いてないのか。 まあでも、本人を前にするような話じゃねぇか。 まーなんだ、ジル坊と……」


「ね、ネルミです」


「ネルミのお嬢ちゃんに、一体何があったのか俺は知らないが。 ライオネス家のお坊ちゃん、随分とご立腹だったらしいぞ」


「レオが? いや…まあ、でも。 怒ってるったって、アイツが怒るのなんて別に珍しくもないしな…逆に一日怒らない日の方が珍しいくらいだ」


「クククッ、違いねぇ」


 マーカスのおっさんは誰に対してもハッキリとものを言うタイプで、それはライオネス家の息子であるレオに対しても例外ではない。


 まあつまり、レオとおっさんの相性は最悪なわけで…。


 ちょうどネルミがサポーターとして参加するより少し前にレオの態度を見かねたおっさんの忠言に奴が逆ギレし獅子の眼としては二か月近くマーカスのおっさんの店には顔を出してなかったのだ。


 とはいえ俺は何度かレオの目を盗みこの店にも立ち寄っていたのだが、後でその事がバレるとグチグチとした小言を永遠と聞かされる羽目になりかなり面倒だったのでここ最近ではすっかりとご無沙汰だった。


 レオのパーティーを抜け、小言地獄の呪縛からも解放されたので今日は久しぶりにネルミと共におっさんの店に顔を出した次第だ。


(おっさんが言ってた噂ってのは気になるが…。 まあいいか、とりあえず今日の目的を先に済ませちまおう)


 布袋から円盾やネックレスを取り出し大きな作業机の上に並べていく。


「ほほう、ザッと見た感じ。 昨日は大鼠の穴倉を掃除してきたってところか? 」


「正解。 流石だな、おっさん」


「おじ様、な」


 マーカスのおっさんは無術魔法に属する鑑定系の魔法をいちいち発動しなくてもアイテムの大まかな性能や入手場所を特定できる。


 おっさんは「こんなもん、ただの勘だよ」といつも口にするが、実際のところはこれまでに何万、何十万というアイテムを鑑定してきたおっさんだからこそ成せる業だ。


 これまでの鑑定から得られた膨大な情報と、目にしたアイテムの形状・色彩・漏れ出る魔力などを照らし合わせどこで入手したものか、どんな性能をしているかを瞬時に絞り込んでいるのだ。


「さてと、そいじゃあ鑑定を始めるが。 今日はどうする? 奮発して高度鑑定でいっとくか? 」


「いやいや、冗談キツイって。 おっさんとこでポンポン高度鑑定してたらすぐ破産しちまうじゃねーか。 今日のアイテムは全部簡易鑑定で頼むぜ。 つってもおっさんの簡易鑑定は実際のとこ、全然簡易じゃねーからいつも助かってるわ」


「ケッ。 そうやって持ち上げても何も出ないぞ。 俺はケチだからな」


 多くの魔力を消費する高度鑑定魔法を用いた鑑定は、アイテムをより詳しく細部まで調べることが出来る反面、鑑定士の商売道具でもある魔力を大きく消費してしまうため値段が高く、また一日に行える回数にも制限がある。


 一方簡易鑑定では魔力消費が少ない鑑定魔法を用いる為、鑑定士が魔法から得られる情報が少なく断片的な場合もある。


 そこからアイテムの性能を読み取るのは偏に鑑定士の腕前に掛かっているのだが、特二級鑑定士たるマーカスのおっさんは簡易鑑定で並の鑑定士の高度鑑定をも凌ぐ精度で鑑定してしまう。


 鑑定についての知識がない一部の者から、おっさんの店は簡易鑑定の料金が他店よりも少し割高なため「ケチなおっさんだ」としばしば陰口を叩かれているが。


 実際のところ、この鑑定精度で少し高めの簡易鑑定料金で済んでいあるのはケチどころかかなりお得なのだ。


「うし、合計で六品。 全アイテムの鑑定が終わったぞ。 じゃあ、お前さん達少し待ってな。 今鑑定結果を紙に書いてきてやるから」


「助かるぜ! 」


「あ、ありがとうございます…! 」


 紙とペンを探しに店の奥へと消えたマーカスのおっさん。


 こういったところにも、おっさんの優しさ…気前の良さが表れている。


 通常、簡易鑑定では判明する項目も少ないため鑑定結果は口頭で伝えられ必要であれば俺達依頼者がその場でメモをとるというのが一般的なスタイルだ。


 しかし、この店ではおっさんが自ら紙にアイテムの性能を書き出してくれるため聞き間違いや書き間違いで後々トラブルが起きるリスクを回避できる。


 マーカスのおっさんは「いちいち口で説明するのが面倒なだけだ」と言っているが、これがおっさんの思いやりでありプロ意識なのだろう。


「ほいよ、この封筒に鑑定結果をまとめた紙と保証書が入ってるからな…ちゃんと無くさないようにするんだぞ」


「無くさねーって、もうガキじゃねーんだから…っと。 サンキュー! はい、料金。 あっ、釣りはいらないぜ」


「フッ、何が釣りはいらねーだ。 丁度ピッタリじゃねーか」


「ハハハ! 今日はちょうど小銭を切らしてなかったんだよ。 ピッタリ支払えてスッキリしたぜ」


「ハイハイ、そいつは良かったな。 んじゃ、また来いよ、ジル坊…と、ネルミのお嬢ちゃん」


「おう! 」


「は、はい…! 」

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