第6話 捻じれた角ってたまにクロワッサンに見えるよな

 大鼠の穴倉のボス、グルグホーン・マウスダンサー。


 通常個体のマウスダンサーが頭部に生やしている捻じれ角は一本、しかし今俺達の前にいる奴の頭部には二本の捻じれた角が生えている。


 この特徴から、奴が通常とは異なる魔物…変異種である事が判明した。


 見た目の変化という点では変異種よりも格段に危険度が高い特異種でも同じなのだが、その知性の高さから人語を話す事すら可能な特異種であればこの場にいるグルグホーン・マウスダンサーのように「キュギ、ギギギ」と鳴き声のような音ばかり出してはいないだろう。


(あえて喋れないふりをしている…って線もあるが)


 マウスダンサーから漏れ出している魔力、その濃度の薄さからして変異種を装っている特異種である可能性は薄い。


(だが、厄介な相手には違いねぇか)


「ギギュ? ギギギギ!! 」


 斑模様のキノコを生やした、枯れ枝のような杖をマウスダンサーが左右に揺らせば、デロデロとした緑色の粘液が地面からデュルリと音をたてて湧き上がる。


 子犬程のサイズで生み出されたゲル状の物体は、ポイズンスライムの模擬体だ。


 本物のポイズンスライムと異なりマウスダンサーの意のままに動く模擬体は毒素を含んだ粘液爆弾として、強化されたガジルマウス達に守られながら俺達の元へ前進を開始する。


 そう、変異種であるグルグホーン・マウスダンサーが厄介な点は自分自身にこれといった属性や状態異常を持たぬものの、ポイズンスライム・モドキと呼ばれる模擬体を移動式の爆弾として使役する事で毒の状態異常を広範囲にばらまく攻撃手段を得ているのだ。


 マウスダンサーはポイズンスライム・モドキを一体生み出すのに大きく魔力を消費するらしく、次から次にポイズンスライム・モドキを呼び出してくるという事は無いのだが。


 奴に魔力を回復させる時間を与えてしまっては二体目、三体目とより多くのポイズンスライム・モドキが生成され厄介な状況になる。


(つーわけで、コイツは短期決戦が必勝法…! )


「ネルミ! 俺が攻撃を放ったら、すぐに障壁を頼む…! 」


「は、はい…! 」


 暫くロングソードの出番はないと鞘に納めると、空いた両の手に魔力を巡らす。


「射貫け、ヴォルガニック・スピア!! 」


 地面を蹴り上げ大人一人分程の跳躍をみせた俺は、そのまま空中にて創り出した炎の槍をポイズンスライム・モドキ目掛けて投擲する。


 火の魔力が凝縮されたヴォルガニック・スピアは紅い軌道を残しガジルマウスに守られたポイズンスライム・モドキを見事に狙い撃ち、その場で大爆発を引き起こした。


 黒焦げたスライム・モドキの残骸が辺りへと飛び散るが、ネルミが作り出した障壁に全て防がれ俺達の元に届く事は無い。


「このままボスへと距離を詰める! ネルミ、援護してくれ! 」


 爆発の余波として立ち込める黒煙の影響でお互いに視界不良となった今が好機と踏んだ俺は、愛刀たるロングソードを引き抜きマウスダンサーの元へと駆ける。


 ネルミが援護として俺に付与してくれた光術魔法が煙を弾いてくれるお陰で、息を止めておく必要が無く全速力で走ることが出来た。


「ギュ、ギュイ!? 」


 煙を突っ切って飛び出してきた俺の姿に、動揺を隠せない様子のマウスダンサーは。


 慌てて配下のガジルマウスを呼び寄せようとするが、先の爆発で大きく数を減らしたガジルマウスの残党は毒素の混じった黒煙を間近で吸い込んだ影響で息も絶え絶えで動けずにいる。


「そんな棒っきれじゃ、俺の剣は防げねぇよ! 」


 迫りくるロングソードに対して杖でのガードを試みるマウスダンサーだが、痩せこけた枝切れではなんの役にも立たず。


 マウスダンサーの象徴たる杖が真っ二つ切り裂かれると同時、奴自身の肉体も血潮を撒き散らしながら両断されるのだった。






 ◇◆◇






「ジルって、ああいう子がタイプなのかしら? 」


「……は、はい? 」


 無事に大鼠の穴倉を攻略し報告の為に訪れた冒険者ギルドにて。


 長年の付き合いになる受付嬢、ミポナさんの予想外の言葉に俺は間の抜けた声で聴き返した。


「タイプって…ネルミの事か? 」


「ええ、ジルが獅子の眼を抜けてまで行動を共にするなんて…よっぽど入れ込んでいるのかな、って思っていたんだけれど…」


 この時間帯は仕事を終えた冒険者達がたむろし世間話に花を咲かせているギルドの休憩場にて、ダンジョン攻略の戦利品で増えた荷物の見張り番をしてくれているネルミに視線を向けたミポナさんは「実際のとこどうなのよ? 」と小声で尋ねてくる。


「いや、タイプっていうか…。 俺は冒険者としてのネルミに興味があるんだよ」


「そう…。 それを聞いて、お姉さん安心したわ。 ジルに限ってそんな事ないと思うけど、悪い女に惚れこんで失敗する冒険者なんて星の数ほどいるし、ね」


 ミポナさんのネルミを見る視線が鋭くなったのに気づき「いや違うって」と慌てて弁解する。


「ネルミは悪女って感じじゃねぇって。 まだそんな詳しいことは分からねーけどさ、人を騙してどうこうってタイプじゃねぇよ」


「ふーん、そう。 まあ、ジルがそう言うなら信じるけど…。 Aランク帯も見えてきてたパーティーを突然抜けちゃったら、普通…お姉さんじゃなくても心配するわよ。 何か悪い話に巻き込まれてるんじゃないか~ってね。 でもまあ…あの子の事をいきなり疑うのは間違いだったわ、ごめんなさい」


「いいって、ミポナさんが心配してくれたんならそれは嬉しいしさ。 つか、ネルミをあんま待たせておくのも悪いし…そろそろ行くわ」


「ええ、それじゃあ。 またね」

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