第4話 鞄の中には夢や希望や…時には仲間も詰まってる
土肌から露出した大木の根元。
捻じれた根っこの隙間に空いた横穴こそ俺達が今日攻略するリトルダンジョン、大鼠の穴倉…その入り口だ。
「入り口だけ見るとやっぱ…ただの洞穴だよな」
「です…ね」
木の根を支えにし、地面の真下に続くダンジョンの導入路はまだ午前中だというのに薄暗い。
俺が鞄からランタンを取り出し、火術魔法で明かりを灯そうとするとネルミが「ちょっと待って下さい…」と常日頃から背負っている大きなリュックサックを地面に下ろした。
「出てきて大丈夫だよ…ライリーちゃん」
そう呟いてネルミがリュックの蓋をパカリと開ければ…眩い光を放ちながらパタパタと何かが飛び出してきた。
「これは…! 妖精…なのか…? 」
小さな黄金の光が、羽根の生えた少女の姿を模っている。
肉体は無く、光り輝く魔力が体を形作るその姿はとても神秘的だ。
「うん…。 その…。 いままで、この子のこと…黙っててごめん、なさい…」
「いや、謝ることなんてねぇって。 これはあくまで…俺の予想だが、妖精憑きなんてことがレオに知られてたらそれはもう面倒な事になってただろうしな」
魔力に由来する生物の中でも、人に友好的なことで知られる妖精。
用心深く臆病なもの、はたまたイタズラ好きで陽気なもの…人間と同じようにその性格は様々だが、何の琴線に触れたのか彼ら彼女らは時折り一人の人物に対し強い興味を示し、その者の寿命が尽きるまで行動を共にし…そしてその人物の手助けになるような何らかの恩恵を与え続ける、これが妖精憑きと呼ばれる現象だ。
妖精に気に入られるというのはなろうとしてなれるものではなく、それこそ天性の才能に近い。
とはいえ残念な話だが、妖精は人に憑く事ではじめて実体化するという性質を逆手に取り実体化した妖精を誘拐し世界中のコレクターや金持ちに観賞用として売りつけるといった事件も後を絶たない。
妖精は気に入った人間にしか恩恵を与えず無理矢理連れ去ったところで恩恵は得られないのだが、妖精を宝石や壺といった鑑賞用の品と同列で考えている一部の者達にとってはそんな事関係ないのだろう。
流石にレオもネルミの妖精を無理矢理奪うようなことまではしないだろうが…妖精を目にしたアイツが「オレも欲しい! 」と駄々をこねて仕事にならない様は容易に想像できる。
「ライリーちゃん、も。 獅子の眼に居た時から…ジルさんのこと…見てた…から。 ジルさんになら…姿を見られてもいい、って」
「そいつはいい印象を持っていてもらえて何よりだぜ。 ……というか、ネルミ。 もしかしてその妖精…えっと、ライリーちゃん? の言葉が分かるのか…? 」
「う、うん…」
妖精の言葉が分かるというのは、それだけ妖精に愛されているという証だ。
(やっぱり…ネルミは只者じゃねぇ、な)
ネルミが妖精憑きである事は今日まで知らなかったが、やはり俺が見込んだ有望株…期待の冒険者ネルミ先生は一味違った。
「ライリーちゃんがいれば、ジルさんが魔力を消費しなくても…明かりには困らない、です」
「そいつは助かるぜ…! ありがとな、ライリー! 」
ネルミをネルミと呼ぶように、気安くライリーと呼んでしまったが人の妖精相手に流石に慣れ慣れしかったかと若干後悔するも…どうやらそれは杞憂だったようだ。
「あっ、今ジルさんに…これからよろしく、って言ってたです。 ライリーちゃん。 私と同じで…人見知り…だから。 少し、心配だったけど…ジルさんのことは平気、みたい。 よかった…です」
「ああ、こちらこそ。 これからよろしく頼むぜ、ライリー」
◇◆◇
ネルミに憑いている妖精、ライリーが光源の役割を果たしてくれるおかげで薄暗い洞窟も難なく通過し俺達は現在、大鼠の穴倉第一階層の攻略に取り掛かっていた。
大鼠の穴倉はリトルダンジョンにしては珍しく二階構造の迷宮であり…俺達が今いる一階層目を降りた先にボス部屋がある。
ここのダンジョンに出現するボスは二種類のみで、どちらも指揮官クラス。
二種類のボスは基本的に交互に出現するので、今日どちらのボスが待ち構えているかは近々にこのダンジョンを攻略したパーティーからのボス撃破報告で既に予想がついている。
(恐らく…今日の相手は”
文字通り捻じれた角を頭部に生やしたこのマウスダンサーは、杖を用いた鼓舞の踊りで配下の大牙鼠どもを強化し集団戦をしかけてくる魔物だ。
鼓舞による強化を受けた大牙鼠は、耐久力・攻撃力が共に上昇しており…コイツらに前衛を任しながらグルグホーン・マウスダンサー自身は後方より魔法攻撃を行ってくる。
まるで俺達冒険者のように連携した攻撃が厄介な相手である。
基本的にダンジョン内を徘徊する魔物はボス部屋に根付いた魔物の影響を受ける事が多い。
「ジルさん…! 来ました…! 」
「っと、さっそくお出ましか…! 」
腰に下げたロングソードを引き抜き前方から迫る栗毛の大牙鼠…マルーン・ガジルマウスの集団を睨みつける。
案の定、俺達の元へ我先にと駆けてくる巨大な鼠達はダンジョボスの鼓舞により既に強化状態となっていた。
大鼠の穴倉に出現する二種類のボス、そのどちらを引くかでこのリトルダンジョンの難易度は大きく変わるというのがこの地域で活動する冒険者の間では定説だ。
そして、ハードモードと称される難易度の高い方のボスがグルグホーン・マウスダンサー…俺とネルミが引いた相手だ。
マウスダンサーがボスとして出現する回では、ダンジョン内を徘徊する巨鼠系統の魔物全てが鼓舞による強化状態となっているのだ。
勿論それはボス部屋が無い第一階層の魔物とて例外ではない。
「…っ! あの鼠達、オーラが出て…! きょ、強化状態です…! 」
「だな! 二択で歯ごたえある方を引くとか…俺達初回からツイてるんじゃねぇの! 」
右手に剣を握り、空いた左手を大きく開き前方へと突き出す。
「ぶち抜けッ!
左手に集束した火の魔力が、鼠ども目掛けて一気に拡散する。
前方に勢いよく、放射線状に発射された炎の弾丸が通路を塞ぐようにして押し寄せていたガジルマウスの群れを襲った。
「ギィィィィ!!! 」
次々と焼け死んでいくガジルマウスだが、味方を肉壁にして後方の鼠どもが一矢報いようと俺へと飛び掛かる。
「させません…! 」
だが、その行く手をネルミが生成した光の壁が阻むのだった。
「ギョイィ…!? 」
突然現れた魔力の障壁にぶち当たり、その場で押し返された鼠ども。
「お前ら、隙だらけだぜ! 」
怯んだガジルマウス達へ、すかさず肉薄した俺は奴らの胴体に狙いを定めロングソードを走らせる。
盾代わりとしても機能するガジルマウスご自慢の巨大な牙も、口を大きく開く隙を与えなければ脅威ではない。
柔らかなボディーでは俺の愛刀を防ぐ事は叶わず、一刀のもとに切り伏せられた鼠どもが魔力の粒子となって次々に消滅していく。
すると、奴らなりに正面突破は無理だと判断したのか…後方に控えていたガジルマウスの何体かが牙を用いて地面に潜ってしまった。
狙いは恐らく俺の背後。
後衛として控えるネルミだろう。
「すまん…! 何体か取りこぼした! そっちに行くぞ…! 」
残存する鼠どもが俺を足止めてる隙に、地面を伝いネルミのもとへ何体かが向かっているのが感じ取れた。
「ジルさん! 絶対に振り返らないで下さい…! 」
「なに…!? 」
「今です…! ライリーちゃん、やっちゃって下さい…! 」
「…………!! 」
「ピギャァァァァァァァ!!!! 」
瞬間的にダンジョンの通路が明るくなったかと思えば…忠告通り、前方を向いたままでいた俺の背後から鼠どもの叫び声が聞こえてきた。
「ジルさん、もう大丈夫ですよ…」
そう言われ、後ろを振り返れば気絶するガジルマウス達にネルミはメイスで止めを刺していた。
「今の光…ライリーがやったのか? 」
「は、はい。 正確には…ライリーちゃんと、私の合わせ技…? 」
「すげーな…俺、こんな技はじめて見たぜ…! 」
強烈な閃光を放ち、目視した敵を一時的に無力化する。
この技があれば、相手を足止めする手段に乏しい俺や近接戦闘は得意ではないネルミの弱点をカバーできる。
妖精憑きであるネルミならではの大技に関心しつつ、一先ず強襲してきたガジルマウスの群れを全滅させた俺達はダンジョンのさらなる奥地へと進んでいくのだった。
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