第3話 魔物だって個性が大事らしい

 小一時間程喫茶店でくつろいだ俺達はリトルダンジョン、大鼠の穴倉を攻略する為に再び冒険者ギルドを訪れていた。


「ジルさんは…受付の方と、その…。 仲が、いいのですね」


 ダンジョンの攻略に必要な申請を済ませると、ネルミがそんな事をいいだした。


「ん? そうか? 別に普通だと思うぞ」


 今日受付を担当してくれたミポナさんは、俺がまだFランク帯だった頃からの付き合いの為多少親し気な雰囲気になっていたかもしれないが、あくまで冒険者とギルド職員という関係でそれ以上深い付き合いは無い。


 俺としてはああいう包容力のあるお姉様とお近づきになれるものならなりたいのだが獅子の眼に居た頃はレオの暴走を抑えながら冒険者の仕事をこなすのに手一杯でそれどころじゃなかったのだ…無念。


「それにしても、幸先良く攻略申請が通って良かったな。 あのダンジョンはなかなか人気スポットだから、行きたくても突入枠が埋まってる~なんて事もよくある話らしいし」


「だ、だね! ラッキー…えへへ…」


「お、おう…」


「? どうか…した? 」


「いや、なんでもねぇぜ」


 今まで意識してこなかったが、あらためて見ればネルミのふとした仕草から女子らしい…可愛らしさが感じられた。


(いや…こうしてみると。 何で今までネルミが女子だと気付かなかったんだよ、俺! って感じだよな…)


 不意に見せたネルミの笑顔に少しばかしドキッとした気分を紛らわすように、俺は先程窓口で受け取った大鼠の穴倉”突入許可証”にササっと目を通し無くさないよう鞄にしまい込む。


 基本的に、ギルドが把握していない未発見のダンジョンを除き。


 各地にあるダンジョンを攻略するにはその地域を担当している冒険者ギルドの許可が必要になってくる。


 生成される宝箱や宝物庫の数も多く、通路も広々とした大型のダンジョンであればあまり心配がない事なのだが。


 リトルダンジョンのように規模が小さく通路なども狭いダンジョンの場合、事前にダンジョンに立ち入るパーティーの数を制限しておかないと通路が混雑し退路を塞いでしまったり、生成数の少ない宝箱を他のパーティーより先に開けようと必要以上に急いだ結果危険な目に合うパーティーが出てきてしまうのだ。


 そのため、冒険者達がダンジョンを攻略する為には突入許可証と呼ばれる書類を冒険者ギルドに発行してもらい許可をもらう事が義務付けられている。


 例外として、完全に新規の…ギルドの管理するダンジョンリストに未登録なダンジョンを発見した場合はそのままそのダンジョンにチャレンジする事が許可されている。


 これには幾つか理由があるのだが、最大の理由はこの世界に安定して根付いてない不確定な迷宮…ミラージュダンジョンというものがあるからだろう。


 不確定迷宮ミラージュダンジョンは一度踏破される…もしくはダンジョン最奥に居座るボスを撃破するまで世界に現れては消えるといった事を繰り返している。


 一度消えてから再び現れるまでの周期は決まっておらず一週間後かもしれないし…はたまた数百年後なんて事もありえてしまう。


 発見した未知のダンジョンがそういった性質を持ったミラージュダンジョンの可能性もあるため、冒険者は各自の判断で未登録のダンジョンに限りギルドが発行した突入許可証がなくとも攻略する事が許可されているのだ。


「っと、そうだ。 このままダンジョンに向かう前に、ちょっと寄りたいところがあるんだが…」


「寄りたいとこ…です…? 」


「知り合いがやってる小道具屋なんだが…幾つか毒消し草を買っておこうと思ってな」


「毒消し草……? あっ、変異種対策…ですか? 」


 毒消し草と聞き少し不思議そうにしていたネルミだが、すぐに俺が意図した事に気付いたようだ。


 大鼠の穴倉に出現する魔物は基本的に状態異常を引き起こすような類の輩は存在しない。


 だが、ここで気にしなくてはならないのが魔物には変異種や特異種…強化個体と呼ばれる一風変わったヤツらが存在するという点だ。


 奴らは魔物として同じ名称が付けられていても似て非なる存在だと思っていい。


 例えば変異種の場合、行動パターンが変化するだけでなく通常とは異なる属性魔力や状態異常を所持している場合があるのだ。


 大鼠の穴倉に頻出する魔物の一つ栗毛の大牙鼠マルーン・ガジルマウスは通常、発達した牙を攻撃や防御に用いて接近戦をしかけてくる魔物として知られていて属性魔力や状態異常は所持していない。


 しかし、この巨大鼠の変異種は属性魔力こそ持たないものの牙に毒が付与される特徴がある。


 毒といっても、マルーン・ガジルマウスの持つ毒程度であれば低質な毒消し草でも十分対処可能なためそこまで恐れる心配は無いが、倦怠感や痛みを伴い生命力を徐々に蝕んでいくという毒としての性質は変わらないため対策は欠かせない。


 ネルミが習得している聖術魔法は直接傷や生命力を回復させるのには長けているが、その一方で状態異常の回復には向いていない。


 状態異常の回復に関しては水術魔法の十八番なのだが生憎、俺もネルミも水術魔法は専門外だ。


 ネルミの聖術魔法で生命力を回復し続ける事で毒を実質無効化するというゴリ押しもこのレベルの毒であれば通用するが、そうなるとネルミは魔力のリソースを大きく回復へと割かなくてはならない。


 聖術魔法はサポートを得意とするが攻撃にも使える為、毒対策の為にネルミの魔力を温存しておくのは勿体ないだろう。


「ああ。 実際ダンジョンに入ってみたら必要ない可能性の方が高いが…用心するに越したことはないだろうし、な」


「なるほど…たしかに。 いいアイデアだと…思う、です」


「だろ? んじゃ、パパっと買い物を済ませて。 午後になる前にダンジョンに乗り込もうぜ! 」


「はいですっ…! 」

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