第2話 金欠でも見栄を張りたい時くらいあるよな

「俺はゴズ豆茶で、ネルミは……」


「……」


「あー。 じゃあ…コイツにはレミン茶と本日のケーキを、セットで」


「かしこまりました」


 考え事をしたい時や、ちょっとしたリフレッシュが必要な時。


 日頃から俺がお世話になっているのがこの喫茶店、バル爺とココナの店だ。


 背中に背負った甲羅が特徴的なガメミン族の店長バル爺と、その孫娘であるココナが店名の由来の隠れ家的喫茶店。


「その…。 えっと…」


「ん? ああ、代金なら気にしなくていいぞ。 俺が勝手に連れてきちゃったんだしさ。 それより、お茶がきたら今後のプランについて二人で話し合おうぜ」


「こ、ここ今後の…!? 」


「ああ。 冒険者として、当面は二人でやっていく事になりそうだし。 前と比べたら人数は心許ないけどさ、二人いるぶんソロよりかは背伸びした依頼が受けれるわけだしな」


「あっ、そう…そうだよね…! 」


 暫くして俺達のテーブルに届けられたお茶とケーキ。


 ネルミは自分一人だけケーキをいただく事に躊躇していた様子だったので、なら一口だけ俺にも味見させてくれよと提案すれば彼女はコクリと小さく頷いた。


 それじゃあと俺がもう一人分のフォークを店員に頼もうとするよりも早く、ズイと視界に影が映り込んだ。


「ん? っと…」


「は、はい。 どーぞ…味見です」


 俺へ向けて、手をプルプルと揺らしながらケーキが刺さったフォークを向けてくるネルミ。


 ここから俺が取れる行動といえば口を開けてあーんとやるくらいだが…。


(まっ、この状況で断るわけにはいかねーよな)


 差し出されたケーキにパクっと食らいつき、うまいな! とありきたりな感想を伝える。


 自身の壊滅的な食レポ能力に嘆く間も無く、俺はそのまま同じフォークでケーキを食べはじめたネルミの行動に目を見開く。


(いや、間接キス…! って、この場合俺が気にし過ぎなのか…? )


「あっ、本当だ…。 おいしい…ね」


 小さな口をモグモグと動かしながら笑顔を見せるネルミは俺と同じフォークを使う事に対して別段気にしてる様子はない。


(ま、まあ。 俺も別に気にしてねぇしな…ちょっと驚いただけだし)


 何に対してなのかも分らぬ言い訳を内心で呟きながら焦げ茶色に濁ったゴズ豆茶をぐいっと喉に流し込んだ。


「それで、さ。 当面の目標としてだが、俺はネルミと最小迷宮リトルダンジョンを攻略したいと思ってるんだ」


「リトルダンジョン、ですか…」


「ああ。 あそこを回れば二人ぶんくらいの日銭は十分稼げるだろうし、運が良ければ珍しいアイテムも手に入るかもしれないしな」


「確かに…下手な依頼を受けるより…効率的? かも…です」


 今となっては何でも屋の傾向が強い冒険者だが、そもそもの俺達の役目は世界に存在する未踏破の領域…ダークフィールドの開拓と、各地に点在する不思議な建造物…迷宮ダンジョンと称される場所の攻略だった。


 近年は魔物の討伐から逃げた飼い猫の捜索まで、基本的に依頼書の申請が通り報酬が支払われる内容であれば片っ端から引き受ける冒険者だが。


 冒険者が”冒険”者たる所以は、未知や不思議に溢れた場所に危険を顧みずに踏み込んで領土の拡大に貢献したり、大陸中を探してもなかなか目に掛かれないような希少な宝物を持ち帰った事からきているのだ。


 ダンジョンはその大きさや危険度の違いから多種多様な種類があるのだが、その中でも既に踏破済みかつ規模が小さく”再生機能”を兼ね備えたダンジョンを最小迷宮…リトルダンジョンと呼ぶ。


 再生機能があるダンジョンは、ダンジョン内に存在するトラップやダンジョンを徘徊する魔物達が定期的に復活するかわりにダンジョンの各ポイントに生成される宝箱や宝物庫も定期的に復活するという特徴がある。


 故に既に一通り攻略を終えている再生機能持ちのダンジョンは、探索ルートが確立され比較的安全に探索出来るにも関わらず、ダンジョンの醍醐味であるお宝も運が良ければゲットできるお得な場所というわけだ。


 リトルダンジョンは、最小と名付けられた事からも分かる通り全ての通路を踏破し各部屋を回っても一日は掛からないような小規模なダンジョンだ。


 加えて大規模なダンジョンのように、王級キングクラス領主級ロードクラスの危険な魔物が次々に現れるといった心配もまずない。


 せいぜい指揮官級コマンダークラスの魔物がダンジョンの最奥、ボス部屋と呼ばれる広間で待ち構えているくらいだろう。


 俺とネルミは、冒険者としての実力を示す指標である冒険者ランクが共に最小迷宮を攻略可能だろうとされるD1ランクを超えている。


 冒険者の等級はF1ランクから始まり、F1→F2→F3とランクアップしていきF9までいくと次は昇格試験を挟みE1へとランクアップするといった感じだ。


 現状ギルドが設けている冒険者の最高ランクはS9、俺の現在のランクがB7でネルミはC2だ。


 基本的に、簡単なリトルダンジョンであればC5以上の実力があればソロでの攻略も可能とされているので俺とネルミ、二人で組めば殆どのリトルダンジョンは攻略可能だろう。


(とはいえ、ダンジョンにイレギュラーはつきもの…油断は出来ねぇ、か)


「ダンジョンを回れば、二人での連携も自然と身に付くだろうし。 資金作りや装備の新調も捗るだろうと思ってるんだが…どうだ? 」


「えっと…いい、と思う…です。 リトルダンジョンからなら…危なくない、ですし…」


「ああ、だよな! 報酬だけを考えたらもっと難易度の高いダンジョンや未踏領域ダークフィールドの攻略になってくるんだろうが…今の人数でいきなりチャレンジするのは流石に無謀だろうし」


「安全、第一…です…! 」


「だな。 二人での連携にも慣れてきたら、次のステップは考えるとして…。 そうだな、まずは手近なリトルダンジョン、大鼠の穴倉に行ってみないか? 」


「さ、賛成~! 」


 わざわざバッと手を挙げてネルミは賛成だと口にする。


 学び舎の教師と生徒じゃないんだからと思わず俺が吹き出せば「わ、笑わないで下さい~」っと頬を真っ赤に色付かせネルミが恥ずかしそうに抗議してきた。


 獅子の眼に居た時にも、ネルミとは少なからずコミュニケーションはとっていたが…今の彼女の方があの頃よりも幾分かリラックスしているような印象をうける。


 そのうち仲間は増えるかもしれないが、少なくとも今はたった二人。


 俺とネルミは冒険者としてのパートナーなのだ。


 必要以上に親密になる必要は無いが、少なくとも気軽に意見を交換したり間違いがあれば互いに正しあえるような健全な関係を築いていきたい。


(俺とレオも、昔はもう少し上手くやってたんだけどな…)


 何時からか手がつけられなくなってしまった幼馴染を脳裏に浮かべつつ、直近の計画を立て終えた俺とネルミは、コポコポとお茶が淹れられる音をBGMにまったりとした時間が流れる喫茶店での一時にしばし身を委ねるのだった。

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