第26話 是非

「……あっ」


「……どした? エマ」


「いや、……いつの間にか、もう食材が家からなくなってるなって。そろそろ街に行って、お買い物しなくちゃダメだね、これは」


「そうだな。それじゃあ俺も付き合……いや……」


 当たり前のようにエマの買い物についていこうとするジークだが、アテネの存在を思い出してその動きを止める。

 エマの買い物についていきたいのは山々だが、アテネ一人を家に置いていくわけにもいかない。ジークはエマとアテネを交互に見つめると、さして時間をかけずにこの問題をどうするかの結論を出した。


「……アテネも連れていくか? 街に」


「「……え……?」」


 人間が群れをなす街に、魔族であるアテネを連れていく。それがどれだけリスクがあって危ないことなのかは、当然ジークも分かっている。それでもジークは、アテネを街に連れていくことに意味があると考えるのだった。


「……俺は、アテネをこの人間社会の一員にしてやりたいと思ってる。そうするためには、いつまでもこんな狭い世界に閉じ籠っていないで、街に出して他の人間と触れ合わせるべきだと思うんだ……どうかな?」


「……私はまだ早いと思う。私達以外の人間と触れ合わせるんなら、街に出すよりは……アテネちゃんに会わせても大丈夫そうな人をこの家に連れてくるやり方でもいいんじゃないかな?」


 エマの言い分ももっともであり、それを聞いたジークも小さく頷く。ジークとエマの間にはいずれアテネを人間社会の一員にするという共通のゴールが設定されているが、そこまで走って進もうとするジークとゆっくり進もうとするエマとの違いが意見の相違を生んでいた。


「……それでも、俺は早い段階でアテネに人間の街ってヤツを見せてやりたいと思っている。……協力者がいないんならともかく、それなりに力のあるヤツが協力してくれるしな」


「協力者? ……あっ、ヘルメスさんか」


「アイツの店で買い物してやるって言えば、アイツもアテネを守るために協力してくれるだろう。打算的なアイツのことだし、上手いことアテネを利用して今の魔族が人間の敵じゃないことをみんなに喧伝してくれるかもしれない……希望的観測だがな」


 ……そう。ジークの言うことは全て「大丈夫だろう」という希望的観測にすぎない。エマはそんな希望的観測に頼らずとも、100%大丈夫だと言える環境を求めていた。完全に安全だとはいえない環境に、自分の娘を送り出すことが怖いのだ。


「……私は、アテネちゃんを危険なところに連れていくのは反対。……でも、私はアテネちゃんの判断を尊重するよ」


「え……私の?」


「そう。……アテネちゃんは、人間の街に行きたい? ……私にもジークにも遠慮せずに、自分の気持ちを言って」


「……え?」


 しかし、エマにとって一番大事なものはアテネである。だからアテネに関わる選択も、自分以上にアテネの意思を優先するのが彼女なのだ。


「……アテネちゃんは、どうしたい?」


「……え、えっと…………私は……」




「街に、行ってみたい……かな」

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