第25話 アテネの魔法
「……直したばかりなのに、また壁が壊れちまったぜ」
大穴が開いた壁を見て、ジークは心底悔しそうな顔をする。今回の穴は自分が原因で開いたものなだけに、自腹を切って修繕代を出すことは免れなさそうだ。
そんなジークの悲しそうな背中を、アテネはじっと見つめている。自分に対してはどんな時も明るい、前向きな表情をしているジークが、今は自分に見られないように悲しい顔をしていることは彼女には容易に分かった。
「……なんとか……してあげたいな……」
そう呟きながら、アテネは一歩一歩壊れた壁に向かって歩きはじめる。
いちいち口にはしなくなったとはいえ、やはりまだ彼女の中には自分のせいで二人が戦いに巻き込まれているという罪悪感が燻っている。
そんな罪悪感を抱いたまま二人に甘やかされても、それはどんどん大きくなってしまう。だから、破裂する前に恩返しというガス抜きをしたい。その一心で、アテネは壊れた壁に向けて手をかざした。
「……アテネ……」
「……お願い……直って……」
アテネがそう祈りながら壁に触れると、壁に開いた穴は端の方から少しずつ埋められていく。
アテネ自身は自覚なくそれをやったらしく驚きを隠せずにいるが、それを見ていた三人の超一流魔術師は彼女の魔法の本質を解明しようとする。
「……今のは……モノを直す魔法ってことでいいのか……?」
「……え、えっと……い、今のは、私もよく分からなくて……」
「……でも、直すというにはなんだろう……なんか、壁の形がいびつというか……」
「えっ、本当っ!? ……本当だっ、壁が凸凹だらけ! ご、ごめんなさい!」
「いやいや! 別にそれは全然いいよ! アテネちゃんの親切なら私達はなんでも嬉しいから!」
「……一応、アタシに一つ仮説がある。アテネちゃんよ、ちょっとこっちについてきてくれ」
ドーラはアテネを外に連れていくと、庭に落ちている中から適当な石を見繕ってアテネの手の上に置く。
「えっと……これは……」
「その石に、魔力込めてみてくれ。やってみな」
「え、はい……じゃあ……」
魔力を込めろと言われても、アテネはその方法をまだよく分かっていない。しかし、さっきと同じように……その感覚を強く意識しただけで魔力を操れるようになったのは、魔王の娘としての天賦の才なのだろうか。
「……えっ……」
アテネの魔力が込められた石は、たちまちその形を変形させる。アテネが石の変形に気づいて驚愕すると、そんなアテネの気持ちの変化に反応したのか、石は激しく形状を変化させて前衛的なオブジェクトのようになる。
さらに石は形を変化させようとしていたが、ドーラがアテネの手の上から石を弾いたことでそれは収まった。
「もういい、そこまでだ。……これで結論は出たな」
「……アテネの魔法は……物質を変形させる魔法ってことか?」
「アタシはそう思う。……そんでこれは、鍛えりゃ中々便利な魔法になりそうだな」
「……そうなんですか?」
「そうとも。今のを見る限り、変形させるのに元の物質の質量はそこまで関係なさそうに見えるし……つまり、アンタは石ころ一つを剣にも盾にも変えられる。モノを直すことも、作り出すことも出来る。……汎用性に関しちゃ、これは凄まじい魔法だと思うよ」
ドーラはニッコリと微笑みながらアテネの背中をバンバンと叩くと、満足したかのようにジーク達へと背中を向けた。
「……それじゃあ、アタシはそろそろ帰るとするよ。今後はアンタ達のやり方に口出しするつもりはないから、アンタらの好きなようにやりな」
「師匠……一応、礼は言っておくぜ。アンタが敵に回らないだけでも、ありがたい」
「だが、進んで手助けしてやるつもりはねぇからな。一度人の親になったんなら、責任持ってテメェの力で育ててみろ」
「分かってるよ。ハナっからアンタみたいないい加減な奴をアテにするつもりはねぇからな」
「へっ、言いやがる……じゃ、精々頑張れよ」
ドーラはそう言い残し、爆発の衝撃を利用して空高くへと飛んでいった。ジーク達と別れてしばらくは余韻からか笑みを浮かべていた彼女だが、やがて神妙な面持ちへと変わってゆく。
(……物質を変形させる魔法、か……便利ではあるが、もしその変形の範囲が生物にも及ぶとすれば……一気に、恐ろしい魔法へと早変わりだ。……それこそ、使いようによっては魔王に相応しい悪趣味な魔法に、な)
もちろん、ドーラの気づいたことにはジークとエマも気づいている。二人は言葉を交わさずとも互いの間でそれを共有し、それを決してアテネに伝えようとはしなかった。
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