第5話 商人の考え
「ドモドモ。話は落ち着きましたかい?」
エマとアテネが風呂に入るために部屋を離れたタイミングで、ジークとダニーのもとに一人の青年がやって来る。
青年は一見すると胡散臭い笑みを浮かべながら、女性のような長い髪を揺らして椅子に座った。
「ヘルメスか。お前まだウチにいたんだな」
「ええ、まあ。魔族の女の子なんて面白そうなモノ見て、そう簡単には帰れませんよ」
「……言っとくが、あの子は見せ物じゃねーんだぞ」
「ハハッ、そんな怖い顔しないで下さいよ。僕は単純に興味があるだけで、あの子を商売に使おうなんて考えていませんよ」
ヘルメスは商人であり、まだ二十代の若さでありながら王家とも取引をしているほどの知名度と信頼を持つ優秀な男である。
ジーク達にもヘルメスは資金面での援助を遠慮なく行っており、ヘルメスは勇者の支援者の一人としても名を上げ、更なる名声と信頼を勝ち取っていたのである。
「それに、僕はあなた方が危惧している魔族への嫌悪感は持ってません。なんなら、戦争が終わったことだし新しい取引相手に、とも考えているところですからねぇ」
「魔族相手の商売かよ。世間体を気にするお前がそんなことやるのか?」
「さすがに今の段階じゃあ出来ませんし、口に出せるのもあなた方みたいな信頼出来る人に対してだけです。でも、やっぱり魔界にしかないといわれる特殊な素材の数々は魅力的ですし、人間にもきっと需要はあります。一度皆さんと一緒に魔界に行った時、僕はそう確信しました」
そう語るヘルメスの目は、胡散臭い細目から少年のように大きく見開いたそれに変わっていた。ヘルメスという男を突き動かすものは金の匂いと、未知への探求心なのである。
「……だから期待してるんですよね。ジークさん達と、あの魔族の女の子には」
「……何をだ?」
「人間と魔族の間にある、分厚い壁を突き破ることにです。その壁は五百年かけて補強され続けた、百年も生きていないような普通の人間では太刀打ち出来ないような壁。でも、五百年続いた戦争を終わらせた勇者であるあなた方なら、その壁を壊せるんじゃないかって……期待しちゃ、いけませんか?」
そんなヘルメスの自分への期待を込めた目の中に、ジークはアテネの姿を見る。もし、ヘルメスの期待に応えてその壁を壊すことが出来れば……アテネのことも、きっと全ての人間が受け入れてくれるはずだと、ジークはそう確信したのだ。
「……お前が期待するまでもねぇよ。俺はアテネのためにも、その壁を必ずブチ壊すからな!」
「僕も自分の私利私欲のために、お手伝いさせて頂きますよ。僕のやりたい商売をやるためにも、人間と魔族の間に信頼関係を築くことは必要不可欠ですから」
「私利私欲って……はっきり言うよな、お前」
「商人は信用が大切ですから。僕は決して嘘はつかないポリシーなので」
「嘘をつかないってだけで正直だとは限らないだろ。……ま、今回に関しては信用出来るけどな」
「ご慧眼。と、いうわけでジークさん。協力者の一人として、僕をあの少女に紹介してくれると嬉しいですね」
「……目的は?」
「うーん、まあ今日のところは……新しいお得意様作り、ですかね?」
「お待たせ~。みんな、アテネちゃん綺麗にしてきたよ、って……ヘルメスさん。いたんだ」
それからしばらく経つと、エマとアテネが風呂から上がってきた。アテネは元がいいのか、体の汚れを落として髪の毛を整えただけでも見違えるように美しくなっている。ただ、着ている服はエマのもののようであり、やや小柄なアテネには少しダボついていて間抜けに見えてしまう。
「ええ、お客様が必要にしているものを与えるためなら、商人はどこにでも現れます。あ、どうもアテネさん。僕はヘルメス、ジークさん達の親友です」
「誰が誰といつから親友になった」
そんなジークの声などヘルメスは聞く耳を持たず、出会ったばかりのアテネのことをジロジロと観察する。
「あ、あの……?」
「……ヘルメスさん、そんな趣味だったの……? それは流石に引くから今後は私達と関わらないで……」
「いやいやいやいや! 誤解ですよ誤解! ただ、折角いい素材を持った女の子なんですから……」
全然焦っていないクセに芝居臭く大げさな声をあげてから、ヘルメスは満を持したかのように指を鳴らしてみせる。
すると、何もなかった部屋の壁にクローゼットが出現し、ヘルメスがそのクローゼットを開くと……選り取りみどりの服がそこにはあった。
「可愛い子には、可愛い衣装が必要でしょう? 今ならお得意様割引で格安で販売しますよ?」
『
「……すごい……」
「ささ、お金の心配はいらないので好きなものを手にとって下さい、お嬢さん。……魔族の服の嗜好も、この機会に調べておきたいので」
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