第4話 勇者だからさ
「……と、いうわけで、今日からこのアテネを引き取ることになった」
「しばらくは私とジークと三人で、この家で暮らすことになるから。まずダニーに、そのことは伝えておくね」
アテネが少し落ち着いたところで、ジークとエマの二人はダニーにアテネを保護することを伝えた。
「そうか……その子の事情は把握したよ。当然、俺としちゃお前らに反対する理由はないわけだが……」
その次の言葉がダニーの口からは中々出てこない。口の中には既に言葉があるのだが、それを外に出すことを躊躇っているように見える。
「……私がここにいたら、ジークさん達の迷惑になるってことですか?」
アテネは、察しのいい子供だった。自分の方をチラチラと見るダニーの素振りから、彼が何を言わんとしているかを察し、気を遣って言いにくそうにしていた言葉をダニーの代わりに口に出したのだ。
「……いいや、ジークとエマは他人を迷惑だなんて思ったりはしないよ。だろ?」
「ああ。俺達は君を助けたいと思ったから助けただけだ。それなのに、迷惑だなんて思ったりしない」
「……でも……」
「確かに、君のことを快く思わない奴は少なくないと思う。でも、俺達は今も、これからも、決してそうは思わないよ」
「私達は、アテネちゃんの味方だから。あなたにもそう思ってもらえるように頑張るから、ね?」
「……はい。……ありがとうございます……」
うつむきがちにそう呟くアテネの顔はどこか申し訳なさそうにしていたが、口角だけは少しだけ嬉しそうに上がっていた。
「……ただ、外から面倒な連中が大勢来るのも確実だろう。アテネちゃんのことを隠そうにも、今朝ここに運び入れた時にその姿をはっきり見た奴が大勢いる。そしてその中には、当然……」
「魔族を絶対悪とする奴もいるんだろうな」
「ああ……しかも厄介なのが、ウチらの王様もそれだってことだ……今俺達がやっていることを、王様が気に入らなければ……どんな目に遭わされるか分からんぞ」
そんなダニーの言葉を聞くと、アテネの口角はまた元気なく下がってしまった。やはり魔族である自分は人間の世界にいてはいけないのだと、そんな残酷な現実を叩きつけられて、ジークとエマがくれた優しさを落としてしまいそうになる。
「……構わねぇだろ。王様がどうした」
だからこそ、ジークはアテネを守る盾となる。彼女に叩きつけられる魔族への憎悪という名の凶器から、彼はその強靭な体と心でか弱い少女を守るのだ。
「来るなら来いよ、俺は負けねぇからさ。ただ純粋に、生きたいと思っている子に生きるための場所を与えて何が悪い。俺達を殺しにかかる魔族ならともかく、戦う力もないような子供を、魔族だからって殺しにかかるような人間とは……俺は、すぐに縁を切るぜ」
「……ジークの言うとおり。私達は、私達のやりたいようにやるだけ……私達は、誰になんと言われようともアテネちゃんに生きる場所を与え続ける」
ジークが上から降りかかる脅威を払うのならば、エマはアテネの足下を支え、今にも崩れそうな不安定な足場からアテネが落ちないようにする。奈落へと繋がる穴を埋め、彼女が落としたものをすぐに拾い上げられるようにするのだ。
「……だから、アテネちゃんは安心して。あなたが楽しそうに笑える世界を、私達が作ってあげるから」
「……はい」
エマがそう言ってアテネの頭を撫でると、気持ち良さそうに微笑んでいた。
「……やっぱりお前らは凄えな。今日出会ったばかりの子供相手に、そこまでしてやれるなんてさ」
「勇者だからな。自分に助けを求める相手を見捨てる奴は勇者じゃねぇよ」
「……そうだな。じゃあ、勇者である俺も助けてやらなきゃな、この子をさ」
ダニーはエマが手を退けた後のアテネの頭に手を置くと、爽やかな笑顔を見せながら彼女の頭をわしわしと掻いた。
「ちょっとダニー、あんまり女の子の髪の毛を乱暴に扱わないでよね」
「ハハッ、悪い悪い。……俺も当然お前らに協力するからさ、こういうのは得意じゃないけど、何か俺に出来ることがあったら頼ってくれ」
「ダニー……サンキューな。もちろん、頼らせてもらうぜ」
「頼りはするけど、もうちょっと女の子の扱い方は学んで欲しいな。……ほら、髪が乱れちゃったじゃん」
ダニーのせいでボサボサになったアテネの髪をしっかりと整えるエマの顔は、まるで本物の母親のように慈愛に満ちていた。
そんなエマを見ているうちに、彼女の愛を一身に受けるアテネはもちろん、彼女を世界中の誰よりも愛するジークも己の心を蕩けさせていた。
「……こうやって近くで見ると、だいぶ汚れちゃってるね……アテネちゃん、ちょっとお風呂入って体洗おうか」
「え、あ、はい……いいんですか?」
「もちろん。ちゃんと女の子らしく、綺麗にしてあげるからね」
そうしてエマは、アテネの手をしっかりと握って浴場まで連れていった。女性のいなくなった部屋には男二人が残され、ジークはダニーにポツリと呟くのであった。
「……不覚にも、アテネのことを羨ましいと思ってしまった。自分の子供に嫁さんを奪われたように感じる旦那の気持ちが、うっすら分かったぜ……」
「……可哀想に。後で俺が背中を流してやろう」
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