第3話 魔王の娘

「……じゃあ、君は……」


「魔王の、娘……ってこと?」


「……そう、なります……」


 自分を魔王の娘だというアテネの顔は、とても嘘を言っているようにら見えなかった。

 しかし、それでもジークとエマはアテネの言うことをそう簡単には信じられない。魔王に娘が存在していたなんて、聞いたこともないからだ。


「……信じよう、ジーク。私達が知らなかっただけで、魔王には娘がいたんだよ」


「……ああ。そうだな……わざわざそんなことを名乗って、得をするようなこともないしな……」


 しかし、アテネが魔王の娘であることを受け入れた途端、ジークとアテネの心にはさざ波が立ちはじめる。

 なぜなら、彼女の父親である魔王は自分達がこの手で殺したのだから。この少女は、果たして己の親の仇である自分達のことをどう思っているのか……それを考えるたびに、さざ波は徐々に大きくなっていった。


「……なぁ、アテネ。俺達は……」


「ジーク」


「エマ。……隠していても、しょうがないだろう。俺達はこの子から様々なことを聞き出そうとしているんだし、俺達もこの子に伝えられることは伝える義務がある」


 ジークはエマの静止を振り払い、意を決してアテネに伝える。自分達が、アテネの父親を殺した張本人だと。


「……そうですか」


「……それ、だけか?」


「はい……お父さんとはいっても、私は本当にその人とは殆ど関わってこなかったし……それに、それ以上に……私は、助けてくれる相手を選んでいられないので」


 実の父親を殺した相手を前にしても、アテネの感情が大きく動くことはなかった。その理由は、そうしたところで意味はないと諦めているからか、ほれほどまでに彼女は切羽詰まった状況に追い込まれているのか……本当に、父親への関心が薄いだけなのか、ジークとエマは分かりかねていた。


「……あなたの命が狙われているって話も、きっとあなたが魔王の娘だから……だよね?」


「きっとそうです。お父さんは、あなた達人間から凄く恨まれていたから……きっと、私の存在を知ったら、殺しに来る人間もいるんだと思います」


「……それなのに……あなたはこの人間の国まで来たの? 怖くなかったの?」


 そのエマの問いかけを聞いた時、それまでうつむき気味だったアテネの顔が僅かに上を向く。アテネはしばらく口をパクパクとさせて声にならない声をあげた後、自分の心の内に秘めていた恐怖を吐き出しはじめた。


「……怖かったですよ。私はこんなところに来たくなかったのに、あの人達は「ここにいたら危険だ」の一点張りで私を追い出して……」


 言葉を一言吐き出すごとにアテネの顔は上を向いていき、顔は徐々に紅潮し始める。一度吐き出した感情は流れ出したら留まることはなく、激流のように流れ続けるのだ。


「……人間と極力出会わないように、人が近寄らないような場所ばかり歩いてきた。ジークさんがどこにいるのかも分からないから、顔を隠して魔族だってバレないように話を聞いたけど……何度も何度もバレそうになって、この度にここで死ぬんじゃないかって思って泣いた! ……逃げ出したくても、私は一人じゃ生きられないから……誰か、助けてくれる人が欲しくて……」


 感情とともに、涙が留まることなく流れ出る。誰にも吐き出せなかった恐怖を、弱気を、生への執着を、アテネはジークとエマに全てぶつけ……何も吐き出すものが無くなった時、彼女はジークとエマにすがったのだ。


「……お願いします。私を……殺さないで下さい。私は、まだ死にたくない……生きたい……」


 必死に自分の服の裾を掴むアテネの姿を見た時、ジークは気づいた。本当に今の彼女には、自分達以外に頼れる存在がいないのだということを。自分達が助けなければ、彼女は死んでしまうのだと。

 そんな哀れな少女を見捨てられるほど、ジークは、そしてエマは、非情になれる人間ではなかった。


「……大丈夫だ。君は、生きていいんだよ」


「……本当に?」


「ああ。君はどこでだって生きていいんだし、他の誰にも君を殺させたりはしない。……それは、『勇者』であるこの俺が約束するよ」


「アテネちゃん……もう安心していいよ。ジークは絶対に、約束を守る男だから」


 必死にすがりつくアテネの腕をジークは優しく受け入れ、弱々しいアテネの背中にはエマがそっと手を置いた。

 魔王の娘である自分を憎んでいても不思議ではない人間の二人がここまで自分のことを優しく包んでくれることに、アテネははじめこそ困惑していたが……二人の暖かさを感じるうちに、彼女は二人の優しさを手放しに受け入れたのだ。


「……ありがとう……ございます……ジークさん、エマさん……!」


 ジークの懐に顔を埋めながら静かに泣きじゃくるアテネを優しく撫でながら、ジークとエマは目を合わせてお互いの決意を共有する。自分達を頼り、全てを預けてくれたこの子を必ず守ってみせようと、二人はそう決意したのだ。

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