第2話 目覚め
「……………………」
少女は、目覚めた。長らく経験していなかった柔らかく、暖かい温もりの中で、見慣れぬ天井に驚きながら。
「……ようやく目が覚めたみたいね」
そんな少女をずっと隣で見守っていたエマが、出来る限りの優しい声で彼女に話しかける。
が、それでも少女にとっては大きな衝撃だったらしく、体をビクンと跳ねさせてから恐る恐るエマのいる方向へと振り向いた。
「……大丈夫。私は人間だけど、あなたを傷つけたりはしない。安心して」
「……ジーク……さんは……?」
「……ジーク?」
「……私……ジークって人を頼れって言われて、ここまで来ました……だからその、ジーク、さんは……」
なぜ、魔族であるこの少女が、魔王を殺した張本人であるジークを頼ってここまでやって来たのか? エマの脳内には数多くの疑問が散らばったまま放置されているが、エマはそれを片づけたい欲求を抑えてジークを呼び出した。
「……ジーク。目が覚めたから、ちょっとこっちに来て」
「エマ……あ、ああ、分かった。……ダニー、こっちは……」
「分かってる。魔族云々でうるさい奴はこっちで黙らせとく。お前らはお前らがやりたいようにやれ」
ジークの家には、昨夜の大宴会にやって来た後、ジークの家で一夜を過ごした者が何人か残っていた。
彼らの中には、魔族である少女を一時的にでもジークの家で保護することに反感を抱く者もいたが、ジークとエマはたとえ魔族だろうが目の前で倒れている少女を見過ごしたりはしない。彼らの反対を押しきって、二人は少女を保護することに決めたのだ。
「……おはよう、でいいのかな? とりあえずはじめまして、えっと……君の名前は?」
「私は……アテネ、です。それより、あなたがジークさん……ですよね?」
「うん、俺がジークだ。ちなみにこっちの女の子はエマ」
「エマです。宜しくね、アテネちゃん」
「よ……宜しく、おねが……」
グウウウゥ~~~ッ
その時、アテネの腹から大きな音が鳴り響いた。あまりにも突然のことにジークとエマは呆気にとられる一方で、アテネは恥ずかしそうに顔を赤らめながら下を無く。
「……お腹、空いてるんだね?」
「……はい」
「……うん、分かった。じゃあ、まずは腹ごしらえからしよっか」
「……美味しい?」
「……はい……美味しいです」
アテネはエマの作ってきたスープと、ジークが適当に持ってきたパンで腹を膨らませていた。食べ物を腹に入れたことでアテネの顔は心なしか血色が良くなってきており、ジークとエマは今ならばアテネに色々なことを質問出来そうだと判断した。
「……なあアテネ。なんで君は俺のところに来たんだ? 色々と聞きたいことはあるが、まずはそれから聞かせてほしい」
魔王の死によって生き残りの魔族は人間に降伏した。が、未だ人間の魔族に対する忌避感は強く、それを知っている魔族も自らすすんで人間の国に入ることはない。
しかし、アテネはジークやエマより少し若いくらいの少女でありながら、ただ一人で人間の国に入りジークの家までやって来た。その理由を、ジークとエマは真っ先に知ろうとしたのだ。
「……私は、魔界に居たら命が危ないからって言われて……それで、逃げろって……ジークって人間なら、きっと魔族でも困っているなら助けてくれるだろうって……」
「……命が、危ない?」
「……俺なら助けてくれるだろうって、誰が?」
アテネの答えを聞いたエマとジークが、ほぼ同時に違うことをアテネに追及しようとする。当然アテネはどちらに答えるべきか混乱するし、そんな彼女の困り顔を見たジークとエマはアイコンタクトをとった結果、まずジークの質問に先に答えてもらうことになった。
「……お父さんの、仲間だった人。名前は……よく知らない。そもそも、お父さんとも殆ど関わりはなかったから……」
「……その、お父さんはどんな魔族なんだ?」
「……………………魔王」
「……………………へ?」
アテネの口からポロッと出てきた言葉を聞いた時、ジークとエマは顔を見合わせて同じような顔をした。この時の二人の顔が示す言葉は何かと問われれば、きっと誰もが「冗談だろ?」と答えるだろう。
しかし、アテネの顔は冗談の対極にある、いたって真面目なものだった。
「……お父さんは、魔王って呼ばれてました……それくらいしか、私は分かりません」
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