第6話 理解
「……どう……ですかね?」
「……うんっ。凄くいいと思うよ、アテネちゃん。すっごく可愛いっ」
派手な服もある中でアテネが選んだ服は、何の変哲もないシャツやカーディガンばかりだった。色合いも派手なものは少なく、彼女の性格がよく表れており……いくつか手に取ったミニスカートやショートパンツが、せめてものお洒落といったところなのだろう。
(……言っちゃ悪いけど、魔族の嗜好の参考にはならないかな? いや、案外人間と似ているかもしれないって点では、参考になるか……)
「……あの、ヘルメスさん……」
「……んっ、ああ、すみませんお嬢さん。どうしました?」
「えっと……お金は、大丈夫ですか?」
「はい、お嬢さんが心配する必要はありませんよ。代金なら、このお金持ちのお兄さんが払ってくれます」
「お前に金持ちって言われると嫌味に聞こえるな……まぁ、俺ももう一般的には金持ちなんだろうが……」
ヘルメスに提示された代金をジークが直接手渡すと、ヘルメスはジークに、次いでアテネに満面の笑みを向ける。
「それじゃあアテネさん。今後ともヘルメス商会をご贔屓に! 『ヘルメス』の名が入っているお店は、もれなくあなたの味方ですからね!」
その言葉を残して、ヘルメスはご機嫌に空へと飛び立っていった。
「……味方、ねぇ。アテネが一番欲しい存在であることもちゃんと伝えるたぁ、相変わらず上手い奴だぜ」
「でも、ヘルメスさんもアテネちゃんの味方になってくれるのは心強いね。まああの人のことだし、単純な善意じゃないんだろうけど……」
「善意はなくとも、味方なのは確かだ。有効に活用させてもらおうぜ」
ヘルメスがいなくなったことで、家の中はだいぶ静かになった。とはいえまだ何人かは家に残っており、彼らは恐らくアテネのことをジーク達の口から教えてくれる瞬間を待っているのだと思われた。
「……さて、それじゃあ残りの連中にもいい加減ご帰宅願って……俺達の平穏な日常を取り戻すとするか」
ジークはダニーと目線を合わせて意志疎通をすると、二人で歩調を合わせて部屋の外へと歩を進める。
「エマ、お前はアテネの側にいてやってくれ。……奴ら次第じゃ、修羅場になるかもしれんからな」
「うん、アテネちゃんは私に任せて。……ジークは、ジークのやりたいようにやって」
「おう。行くぜ、ダニー」
「あいよ」
ジークとダニーはリビングへと出て、自分達を待ち受ける者達の鋭い視線と向き合う。
今まで家に残っている者の殆どはジークと同じく魔族と戦ってきた魔術師であり、それ以外の人間は既に魔族を恐れて逃げ帰っていた。
「……ようやく俺達に説明してくれる気になったか、ジーク」
真っ先にジークへと声をかけてきた青年の名はユルゲン。
ジークとは古い付き合いであり、ジークと並び称されるほどの実力を持つ魔術師であり……かつて家族を魔族に殺され、魔族に強い恨みを持つ男でもある。
「分かっていると思うが、あの娘のことを隠しとおそうとしても無駄だぞ。今朝この家にいた人間は、皆お前が魔族の娘を拾ってきたことを知っている」
「んなこた分かってるよ。俺はそこまでお前らを舐めちゃいねぇ」
「……流石はジーク、俺達のことをよく知っているな。……ならば、俺達があの娘をどうすることを望んでいるかも分かるんじゃないのか?」
「分かるよ。でも、俺は他人の顔色を窺うよりも自分の意思で行動するタイプなんでね」
「……それはつまり、俺達の意には反することを……あの娘を、庇うつもりなのか?」
「ああ。あの子は人間に敵意を持っていない。むしろ、自分が人間に嫌われていることを知っていてもなお、人間に助けを求めざるをえないほど追いつめられているんだ。……そんな子供を見捨てるような奴は、勇者じゃないだろ?」
「……勇者の意味を勘違いするなよ。勇者とは人間の危機を救い、正しい道へと導く存在だ。……人間にとっての絶対悪である魔族を庇うような者に、勇者を名乗る刺客はない」
「いいや、勇者ってのは自分に助けを求める相手を、見捨てることなく助ける奴のことを言うんだ。少なくとも俺は、そう思うぜ」
ジークとユルゲンは、親の仇を睨むかのような鋭い視線で互いを睨み付ける。
ともに、自分の主張を頑なに曲げるつもりのない頑固者同士。このまま言い争っても不毛なだけだと察したダニーは、空気を変えるべく二人の間に口を挟んだ。
「……まあまあ二人とも、一端落ち着こうぜ。それに、お前ら二人ばっかりに喋らせてちゃあ他の連中は退屈だろう? 言いたいことがある奴は今のうちに口を挟んでおけよ」
ダニーはそう言いながら、一人の若者へとその視線を向ける。彼はダニーの言っていたとおり喋りたいことのある人間であり、それを見透かされたかのようにダニーに視線を合わされたことで、意を決して口を開いた。
「……俺は……俺は、ジークさんの主張を支持します……!」
彼の名はエリック。ジークを自らの師と仰ぎ、ジークのことを心から尊敬する若き戦士である。
「……エリック……」
「……ジークさんの言う勇者と、ユルゲンさんの言う勇者……俺がガキの頃から憧れていたのは、前者のような万民を救える勇者です」
まだ若年でありながらも確固たる実力で高い名声を得ているエリックは、先輩であるユルゲンにも物怖じせず立ち向かう。
しかし、ユルゲンはそんなエリックとはまともに視線も合わせず、小さく溜め息をついたのだった。
「……エリック。お前は結局、ジークのイエスマンやってるだけだろ? 仮にジーク以外の誰かが同じことを言ったとして、お前はその意見に賛同するのか?」
「……っ……それ、は……!」
「……話にならん。他人によって自分の意見を左右されるような奴は、部屋の隅っこで大人しく黙ってろ」
ユルゲンに図星を突かれたエリックは、言い返そうにも言い返すことが出来ない自分に不甲斐なさを感じながら引き下がる。
エリックが黙ったことで再び部屋に沈黙が流れると、今度は中年の男性が前に出て口を開いたのだった。
「……ユルゲン君の言い方は少し厳しいが、私もジーク君やエリック君には言いたいことがあるね……いいかな?」
彼の名はエドワーズ。長年魔族と戦い続けるベテランとしてジークやユルゲン達の世代からは尊敬を集めている戦士である。
「ジーク君、君はとても強い。……いや、格好つけた言い方はせず、素直に凄いと褒め称えよう。その若さで、ただ無為に年を重ねただけの私よりもずっと多くのものを、君は持っている」
「……エドワーズさん、俺はそんな……」
「だが、君にはなくて私には持ち得るものも、少なからず存在するんだよ。……それは、なんだと思う?」
「……ご教授願いたく、思います」
「……大切な人を、失った時の気持ちだよ。君は強い、だが、その強さゆえに君は大切なものを失うことなくここまで来た。……それは本当に素晴らしいことだ。本来ならば、こんな気持ちを知らない君より、知ってしまった我々の方が力不足と叱責されるべきだ」
エドワーズの言葉に、ユルゲンをはじめとした戦士の面々が頷く。全てを己の手で守ってきたジークが例外なだけで、大抵の魔術師は魔族に対して消えない恨みを持つからこそ、魔族と戦う道を選んだのだから。
「……そんな私達に出来ることは、この悲しみを味わってしまう可哀想な人間の数を少しでも減らすことだ……魔族とは、存在するだけで人間の悲しみを生む生物。君と言う英雄と同じ時代に生を受けた我々の使命は、魔族の血をこの世から絶やすことなのだ」
「……悲劇を生んでいたのは魔族ではなく、魔王です。魔王が死んだ今、もう魔族が悲劇を生むことはない……」
「……でも、あの子は……ま、魔王の娘、なんですよね?」
震える声で、ジークが開示していないはずの情報を喋る少女の名はティキ。エリックと同様にジークを線として慕う一方で、魔族に対する強い恐怖心も持っている少女だ。
「……なるほど、お前の魔法なら盗み聞きも容易いよな。しかし、俺の警戒を掻い潜って盗み聞きに成功するとは……中々成長したじゃないか」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「喜ぶなティキ! ……てか、なんでお前それを聞いててずっと黙ってた!?」
「す、すみませんユルゲンさん! ……い、いや、なんか私程度が聞いちゃいけないような秘密を聞いた気がして……口に出すのも恐ろしくなって、あわよくばジークさんの方から皆さんに伝えてくれればいいなーって思ってて……」
「……ジークさんに味方する立場で言うのもなんだが、お前ほんっとポンコツだな、ティキ」
「はぐっ!? エリックにそれを言われるとダメージが大きい……!」
「……話を元に戻そうか。ジーク君、あの娘が魔王の娘だというのは……」
「事実だと思いますよ。あの子が自分の口で、そう言いましたから」
ジークが堂々とティキの発言を認めたことで、部屋の中には今まで以上の緊張が走る。
これほどの緊張に慣れていない一般人がこの場にいたのであれば、部屋に入っただけで気絶するほどの緊張感だ。
「……なら、尚更あの娘を生かしておくわけにはいかなくなった」
「お前にあの子の生き死にを決める権利はねーよ。あの子がどう生きてどう死ぬかの決定権は、あの子以外に持たせるつもりはねぇ」
「ジーク君……君は、エマ君が魔族に殺されたとして、同じ決断を出来るかい?」
「あり得ない仮定を語るつもりはありません。エマは死なないし、俺が殺させない」
もうこの男には何を言っても無駄だ。ユルゲンとエドワーズは、心の奥に無理やり隠していたその真実を隠しきれなくなっていた。
「……魔族相手にここまでするたぁ……本当にお前は立派な奴だな、ジーク。お前はきっと、俺達みたいな凡人がどれだけ時間をかけても辿り着けない場所にいるんだろう……魔王を倒した英雄にしか、辿り着けない場所に」
自分の言葉に聞く耳を持たない相手にとるべき行動は二つ。自分の主張を通すことを諦めるか……力で屈服させて、無理やり言い聞かせるかである。
「……だから、俺達はお前を一生かかっても理解出来ない。するつもりもない」
その言葉を合図に、ユルゲンは剣を抜くのであった。
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