第3話

 あの後、私と奴は二人で昼食に行くことになりました。奴が先程の礼をしたいと言うのです。私には断る理由が十二分にあったのですが、礼をするというほどですからきっと奢ってくれるだろうと、淡い期待で承諾しました。 


 この頃私は、実家の都合で仕送りも減らされ、アルバイトもしていなかったものですから、日々の生活に窮していました。といっても、亡者の様に何でも喰らい付くような気概はなく、一応のプライドはまだ持ち合わせています。


 もしかしたら、久方ぶりに対峙する異性の、自分とは異なる独特の雰囲気に毒されていたのかもしれません。一見、力強さと慈愛を兼ね備えた様でいて、その実幼子のような弱さと寂しさを醸しだすあの雰囲気に。奴の容姿は趣味に合うものではありませんでしたが、あの男にはその雰囲気が特に顕著でした。


 昼食には大学付近の、とりわけ学生内で評判の良いカフェを選びました。「学食はなんだから」と奴が強く推したためです。どうせ一度きりの関係に学食もカフェも相違ありませんが、相手が精一杯の礼を尽くそうとしているようで、悪い気はしませんでした。


 カフェでは当たり障りのない話に終始しました。名前、趣味、とっている授業、互いが過度に踏み込まないような暗黙の規則ができていたようです。この臆病な会話で分かったことは、先の講義以外、私と奴との間には何一つ共通点がないということぐらいでした。


 昼食も終わり、後はどちらかが別れを切り出すかという頃に、奴は連絡先の交換を申し出ました。私はそういうことにはまず断ろうと、「いや」と一言放つと、奴は怯えたような色を瞬時浮かばせました。

 私は困惑しました。調子の良いだけの男と思っていた奴が、ほんの一瞬、その弱さを表したのです。奴の明るさの中にある深い暗がりが、私をどうしようもなく誘いました。


 結果、私はついぞ断りきれませんでした。奴の絹の如き寂しさと繊細さに無作法に触れる気がしたのです。奴は喜び、宝物を得た子供のような表情をしていました。

 

 この時から、何か奴の魔的なものに当てられていたのでしょうか。だとしたら、いよいよ奴は悪魔や呪いの類かもしれません。

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