【その男、「ウソツキ」】⑫

「“これで、事件については終わりだよ”」

 要が、二つ目の話を終える。

「“それで一年後……この前、小夜ちゃんと一緒にレイジ君の事務所に行った時だね。去年の勝負のあと、この国に帰ってすぐ友達から賭けに誘われちゃってね。それに勝てたのが三日前……小夜ちゃんが受付に来た日の前日でさ。すごくあせったよ。それで、急いで賭けの相手を探そうとして隔離棟から出たら小夜ちゃんがいたっていうわけ。あとは小夜ちゃんが知ってるとおりだよ。

 レイジ君と賭けをして、また一年間、僕は生きられる”」

 と要は言った。

「“ちなみに僕の怪我を治してくれたのはアカリ君って言って、僕の隣に住んでる子だよ。性格と口は悪いけど、お金さえ払えばある程度はやってくれるんだ。そっくりのおとうとくんも僕の隣に住んでるよ”」

 そう言われたものの、小夜はその人物の名に聞き覚えはなかった。隔離棟の能力者のリストを見れば分かるかもしれない、と小夜は思った。

「“あ、そうだ。そこにいるりんちゃんの能力も聞きたい?”」

「……嘘じゃなければ」

 あからさまに疑っている目を要に向けながら、小夜はそう返す。

「“だからさ、ここに来て嘘なんか言わないって。

 りんちゃんの能力はね、《向かってくる物の軌道きどうらす》こと。

 簡単に説明するとね、相手がどんな武器を使ってきても、車や飛行機が自分に突っ込んできても、それら全部の軌道を逸らして当たらないようにできるんだ。強いよねえ。向かってくる物だから、殴り合うにしても拳も当たらないんだよ。まさに最強だね。

 でも、その分対価も強力だ。

 りんちゃんが持つ対価は、《自分の手で人を殺す》こと。能力が発動すると自動的に対価も発動しちゃうから、敵より味方の数が多いと能力を使えない。そこは欠点であり弱点だね。  

 ええと……由来ゆらいは何だっけ?”」

 と要がりんに聞くと、

銃殺刑じゅうさつけいによる処刑です。対価は『あんぜんけんからテロこうめいくだしていた』……といった具合ぐあいですかね。

 殺戮さつりく動画どうがの主演や生きたまま虫に食われた人間に比べれば、はるかに印象が薄い死に方ですが」

 そう、淡々たんたんとりんは言った。

「“まあ、りんちゃんのことはそんな感じだね。組合にいる他の人の話も聞いてると、僕の死因なんか全然大したことないなって思っちゃうよ”」

 と、要は軽く笑いながら言った。ジョークのつもりなのか知らないが、小夜には笑えなかった。

「“じゃあ、次は僕のことを話そう。嘘じゃない、本当のことをね”」

『京谷要』は二つの眼を小夜に向ける。静かに息を吐き、今までの飄々ひょうひょうとした態度を水底みなそこに沈めるようにして話し始める。

「“僕の名前は京谷きょうやかなめ。もう知ってるだろうけど、この名前は東條さんと一緒に考えて作った名前だ。全部の記憶がなくなってもこれだけは忘れないように、世界で一番尊敬する人と……世界で一番殺したい人間の名前を入れてある。

 もちろんちゃんとした本名はあるよ。でも……あんまり思い出したくはないかな。その名前だった時、いい思い出が……あんまりないからね”」

 要は話を続ける。小夜は、それを黙って聞いている。

「“僕が死んだのは三年前。死因は屋上から落下したことによる事故死ってことになるのかな。その当時は遺書もたくさん書いてたから、自殺ってことでまとめられちゃってるけどね”」

 と要は言う。小夜は相槌あいづちも頷きもしない。

「“それで、僕の持つ能力は二つある。

 一つは《相手に自分の情報を与えない》こと。相手に僕がどう見えるか、どんな声をしていて、何を持っているか。どんな格好をしているか。それらの情報なんかを自分の見せたいように調整できる。

『僕の持っている物』も『僕の情報』だから、僕にれてるものだったらそれも消せるんだよ。だから二つ目の事件の現場にはりんちゃんの足跡もなかったんだ。

 結構使い道はたくさんあるけど、なんでもできるわけじゃない。人数が多くなるほど雑音で頭が痛くなるし、その分調整しなきゃいけない。その上、ちょっとでも調整をミスっちゃうと僕の姿も認識できなくなっちゃって、声も聞こえなくなっちゃうんだ。最悪の場合は『僕との記憶』も消えちゃう。だからこれはすごく扱いが難しい能力だね。

 まんきょうつつを動かすたびに、中の合わせかがみ全部がのぞあなからどう見えているかって考えながら行動してる、って言ったら分かりやすいかな? 

 そんな感じで、常に『自分がそれぞれの角度からどう見えているか』を考えながらじゃないと外も歩けないんだ。気を抜くとすぐに周りから認識されなくなっちゃうからね”」

 要は話を続けていく。

「“それでこの能力の対価はね、《知りすぎてしまう》ことだよ。そのままの意味で、周囲の情報がえず頭に流れ込んでくるんだ。やろうと思えば未来みらい予知よち真似事まねごとなんかもできるけど、脳が流れ込んでくる情報に耐えられなくなるから、あんまりやったことはないかな。

 あとの弱点は……不意打ちとか急な行動にも対処たいしょはできないことかな。あくまで『思考を行動に起こす』までを読んでるだけだから、突発的な思いつきの行動は対応できないんだよね。

 ここらへんは、レイジ君の時にも言ったかな。

『与えない』能力も『思考を読む』対価も、僕の本名を知ってる人にはかないんだ。東條さんやりんちゃんが敵になったら……僕は間違いなく負けちゃうってことだよ。勝てる自信もないしね”」

 そこまで言うと、要は改めるように小夜の目を見つめた。

「“それでね、小夜ちゃん。もう一度言うよ。

 僕はこの場において嘘は言わない。ここにいる間、僕が言うのは全部真実だ。それを疑うのは小夜ちゃんの自由だし、それは任せるよ”」

 そして要は、言った。

「“僕の二つ目の能力は……《嘘を信じ込ませる》ことだよ”」

 そう、確かに言った。

「嘘を信じ込ませる……?」

 小夜は要の言葉をおうむ返しに言う。

「“うん。そうだよ”」

 と要は答えた。要が本当のことを言っているのか、それとも嘘を言っているのか、小夜には分からない。

「“この対価は《自分を証明するものの消失》……早い話が、使うたびに記憶が消えるってことだよ。

 信じ込ませる嘘が大きいほど、それにともなって消える記憶も多くなるんだ。それで、最終的には『本名』が消える。

 だから僕の正体と本名を知っている人っていうのは、僕にとって一番敵に回したくない人だね。何を考えているのか読めないし、僕の言葉が嘘かどうかもすぐにバレちゃう。極端な話だけど、東條さんが包丁を持って、僕を後ろから刺そうとしてても僕にはそれが分からない。あの人は、そんなことしないとは思うけどね”」

 と言って要はこう付け加えた。

「“あ、そうだ。それと最後に、これも言わなきゃいけないね”」

 要は小夜に向け、軽く微笑む。

「“僕は『京谷要』の他にも『虚言者』って呼ばれることもある。ウソツキっていう意味だよ”」

「嘘つき……やはりあなたは……」

「“そうだよ。僕はうそつきだ。これはウソじゃない”」

 自分のことを『嘘つきだ』と言う男は、微笑んだままこう言った。

「“僕は、息をするようにうそく『嘘吐うそつき』だ。

 僕は嘘吐うそつきだよ、小夜ちゃん。これを言うのは何回目かな?”」


 それと時を同じくして、目を閉じている『情報屋』が呟いた。

「……ようやくか。だから言ったじゃないか。彼は最初から言っているって」

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