【偽称の虚言者】②

 同時刻。捜査室で一人、泉小路照良いずみこうじてるよしは自分のデスクの椅子に座り、パソコンの画面と向き合っていた。

「ふーむ……」

 照良はマウスを動かし、画面に表示されているリストの一番下まで見ていく。うなるような声を出しながら画面を凝視するそのさまは、さながらしんじつさがすいしゃのようである。

「うーん……」

 すでにこの作業は三度目となっている。照良はパソコンの横に置いてあるUSBメモリに手を伸ばす。

 これも特におかしいところはない。店で簡単に手に入る既製品きせいひんだ。照良はもう一度リストに目をやり、カーソルを一番上に戻してゆっくりと四度目の作業をする。

「ふうーむ……」

 リストに書かれているのは、個人の名前とその人物が持っている能力と対価。何人かは、名前の後ろにかっきで本名と思われるものが記入されている。

 内容としては特殊とくしゅだが、何度見てもこのリスト自体じたいに変わったところはない。事務ソフトで簡単に作れるようなものだ。

「……」

 照良は椅子の背もたれに背中を預け、箱から煙草を一本取り出そうとして手を止める。

 このリストが入ったUSBメモリは、あの『うそき』とおこなった賭けで手に入れた戦利品せんりひんである。

 これを渡す時、彼は言った。

『僕の名前は書かれてないですけど、それまでに集めたことなら全部書いてあると思いますよ。僕も最初のあたりしか見てないのでなんとも言えないんですけど』

 その言葉は嘘ではなかった。確かにリストには『道化師』エスター=ノートン=クラウンと『確率』の能力者エドワードといった名の知れた人物たちのことは書かれていたが、『京谷要』のことはいくら探しても見つからなかった。リストの更新日が三年前で止まっていることと何か関係しているのかもしれない。

 そのことは後で調べるか、と照良はまばらに生えた顎髭を撫でる。

 それでも記録されていた能力者の数は軽く三百を超える。彼らの心臓ともいえる弱点が、この小さな情報じょうほう媒体ばいたいにびっしりとしるされていたのである。

 ざっと確認したところ、二百ほどが組合に今いる能力者たちのほとんどであり、残りの百以上が名前しか聞いたことがないような能力者たちであった。こちらはおそらく風見萃が賭けで負かした人間たちだろう。それを抜いても情報としての価値は十分すぎるほどだ。

 そしてそれらに加え、さらに驚くことが書かれていた。

 風見萃が隠していた島の座標ざひょうと、風見りんをふくむ使用人全員の名前と能力、対価までっていたのである。これはまさに、捜査官と能力者わず誰もがのどから手が出るほど欲しいものだ。あの風見萃がきょかまえていたほんきょと彼を支えていた人間たちの心臓ともなれば、金をいくら積み、どんな賭けをしてでも手に入れたいものだろう。

 このリストを手にできた功績こうせきは大きい。このことだけを見れば、捜査室としてかなり前進したと言える。

 だが、照良の顔はいま一つ晴れていない。微妙な天気を見るような顔で、画面に表示されたリストの一番下を見つめている。

「……あいつめ。こんな手の込んだことをやりやがって」

 そう言って照良は、止まっていた指を動かして箱から煙草を一本取り出す。

 照良の視線の先。リストの一番下には、この一文がえられていた。

『以上。ここに書かれたことは、すべて偽である』

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