嘘を吐く正直者
【嘘を吐く正直者】①
「エピメニデスもただ、『クレタ人は嘘つきだ』と言いたかっただけなのかもしれないね」
と、東條が言った。遠く離れた二人の勝負を
「たったそれだけの言葉が、今や二つの矛盾した真実を生み出してしまった。
彼も同じだよ。ただの『嘘つき』か、それとも
東條は独り言のように語る。近くのソファにはあの少年、アカリが座っている。
「人間である以上、『あなたは嘘つきか正直者かどっちですか』なんて質問には誰も答えられないね。二人の勝負は予想外の結末だったよ」
東條の独り言にアカリは、ちと舌打ちをした。
「何が予想外、だ。最初からそうなるって分かってたくせによ」
「おや、なんのことかな。僕は知りたいことを知るだけだ。かなめ君みたいに
東條はわざとらしくそう言った。アカリは眉間にしわを寄せ、何か言いたげにもう一度大きな舌打ちをした。
「というわけで、君との勝負は『勝者も敗者もいない』と予想した僕の勝ちだね。このお金はありがたく貰っておくよ。かなめ君とお昼ご飯でも食べに行こうかな」
東條は机の引き出しを開け、クリップで
「……まったくおかしなことだね。死にたくない、というだけで自分の命も記憶も、何もかもを全部賭けてしまうんだから。
頭から脳みそをこぼした死体に戻りたくない、というだけでね」
中庭を見つめる東條の目には、その人物への
「彼が神様とした約束なんてものも、あの神様にとっては
自分がどうなるか分かっていながら、彼は嘘をつき続けるしかないんだよ」
東條は一人で話し続ける。アカリは興味がなさそうな顔を浮かべながらも、東條の話を黙って聞いている。
「どんな勝負でも
でもね、アカリ君。今の彼は自分がどっちなのか、それも分からなくなっているんだよ。
僕としてはそこが心配だね。作り出した嘘と元からあった本物。その境界線が
東條は、そこで言葉を止めた。
「……いや、やめようか。これはお
東條は首を横に振り、話を
「アカリ君。どうして僕らが“賭け”を断れないか、分かるかい?」
「知るかよクソボケ」
と、アカリはすぐさまそう言い返した。東條は仕方なく投げかけた質問に自分で答える。
「どこかの退屈している神様は僕たち人間の可能性に賭けたんだよ。『この人間たちに二度目の人生を与えてみたら、自分の退屈は消えるかもしれない』とね」
はん、とアカリは鼻で笑った。
「それで、面白くなかったら死体に戻すっていうのか?」
「そうだよ。その神様はいつだって気まぐれだからね。
そんな、いつ捨てられるか分からない『気まぐれ』に命を賭ける人生も悪くはないけれどね」
と、最後に付け加えて東條は話を終わらせた。
「気まぐれなんてくそくらえだぜ。そんな神なんていねえんだよ」
「おや、アカリ君。それは君の人生を
「うっせえな。黙ってろよクソジジイ」
「はいはい。言い過ぎたよ」
中指を立てるアカリに東條はそう返す。その
「ところでアカリ君。そろそろ風見亭に出勤する時間じゃないのかな。
「うっせえな。言われなくても時間ぐらい分かる」
東條が声をかけるも、アカリはソファから動こうとしない。どころかスマートフォンを取り出してゲーム画面を起動させている。
「あんまり遅刻すると、給料出さないよ」
聞こえているはずだが、アカリは返事もしない。
「僕としてもあまり言いたくないけどね。仕事も真面目にしない人はクビにしないといけなくなるんだけど」
アカリは無言で東條に中指を立てて見せた。
「……そうか。そういう態度を取るなら仕方がないね。君がずっと行きたがっていたケーキバイキングにはかなめ君と行こうかな。君から貰ったお金もあるし、ちょうどいい。何度も遅刻をしたり、真面目に仕事をしない人を連れて行くわけにはいかないからね」
言い終わると同時。アカリが、ばっ、とソファから立ち上がった。
そそくさとスマートフォンを尻のポケットに突っ込むと、
「じゃあな。オレはお前と違って暇じゃねえんだよ」
と言ってバタバタと部屋から出て行った。
「やれやれ。素直じゃないところは子供だね。いつもあんな風だといいんだけど……」
玄関の引き戸が閉められる音を聞きながら、東條はぽつりと呟いた。
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