【その男、「ウソツキ」】⑧
「“あ、来たんだ”」
エレベーターから降りると同時、右からそんな声が聞こえた。
「“来ないと思ったのに。その賭けは僕の負けだね”」
と言いながら、要はソファの方へと歩いて行き腰を下ろす。ガラステーブルを挟んだ向こう側……かつて
「“座りなよ。それとも、立ったままの方が好きなのかな?”」
そう促され、小夜は素直に向かいのソファに腰を下ろす。しみが広がっている
小夜は事務所を
机とソファ、ガラステーブルしか残っていないこの部屋は、あんな勝負があった場所と同じとは思えなかった。
「……“さて”」
と、要は言った。
「“来たってことは、答えを見つけられたってことだよね?”」
と要は言う。その声に、小夜は一瞬
「“んん……あー……えっと、その前にまず声だよね。えっと”……」
要はわざとらしく喉を鳴らして声を整える。
「“こっちが、僕の本来の声だよ。ちょっと恥ずかしいけど……まあ、こんな感じかな”」
と恥ずかしそうに頬をぽりぽり掻きながら言った。確かにその声はいつもよりワントーン高いように聞こえる。近い例えで言うと高校生になったばかりの少年ぐらいだろうか。
「“気になるようならなんとかするけど……”」
「大丈夫です。変な感じはしますが、気になるほどではありません」
「“そっか。それならよかった”」
要はいつもの笑みを浮かべる。
とそこで小夜は、部屋にいるもう一人に目を向ける。座っている要の横に一人の少女が立っていた。
「“ああ……えっと、この子は連れていくって言ってた
と要は少女について簡潔に説明した。
「“いろいろ聞きたいだろうけど……まずは順番に説明しようか”」
要はソファの後ろに手を回して、何かをテーブルの上に置いた。
それは、
「“この銃を使ったのは二年前。『道化師』って呼ばれてた人と勝負をした時だね。
その時の勝負は……簡単だよ。ルールもなくて、最後に立っていた方が勝ち”」
と要は言った。ルールも時間制限もない殺し合いをしたのだと、言われなくても小夜は分かった。
勝負の結果がどうなったかは考えなくてもいいだろう。目の前にいる『京谷要』がその証拠だ。
「“それで、この服だけど”」
と、要は自分の服をつまむ。
「“これは去年……一年前の勝負の時に着ていたものだよ。クリーニングから戻ってきたばかりだったからね、ちょうどよかったよ。去年の勝負に使った物は、これぐらいしかなかったからさ”」
要は人差し指で眼鏡の位置を直す。
そして小夜の顔を見つめると、軽く微笑みながらこう言った。
「“先に言っておくけど、ここにいる間、僕は
そう言うと小夜から視線を外し、立っている少女に目を
「“じゃあ
僕の本名と正体、僕の過去まで知っている一人だよ。この子の名前を聞いたら、さすがの小夜ちゃんでもびっくりしちゃうかな?”」
少女と視線を
「
そう言って少女……風見りんはぺこりと頭を下げた。
少女が名乗ったその名字に、小夜は目を見開いて
「“りんちゃんはすごいんだよ。車から船からプロペラ機まで運転できるし、一人で戦争だってできる。唯一の欠点が料理かな。キッチンとは相性が悪いみたい”」
要は指折り数えながら言う。それどころではない小夜の耳には、要の言葉はまともに届いていない。
「か、風見って言いました……?」
ようやく思考能力を取り戻した小夜がそう聞く。
「ええ。言いました。風見りんと申します」
と、りんはもう一度名乗る。
小夜はその単語しか言えなくなったように、二人に聞き返す。
「か、風見って、あの風見ですか? 三年前に死んだと言われている、あの『かざみかなめ』ですか?」
「“そうだよ。りんちゃんはあの『
と、今度は要が答えた。それを疑問に思った小夜は、顔に「?」を浮かばせて首をかしげる。
「“りんちゃんはあの人と一緒に世界中を回って情報を集めてた。『最強の能力者』って呼ばれてて、あの人が死んだ後は『
と要は言う。りんは眉一つ動かさず、静かに
「……それが本当だとして。どうしてそんな人物が、要君と一緒にいるんですか?」
要は答えた。
「“僕が、りんちゃんの今の主人だからだよ”」
「え?」
要は自分の胸に手を当てて、
「“僕が今の風見の
彼が隣の国から奪い取った島も、彼が世界で一番大きな国を
そう、言った。
「“このことを知ってるのは、ここにいるりんちゃんと警視総監の人と東條さん……あとはアカリ君かな。面倒くさいのは嫌いだから、当主の仕事はりんちゃんか警視総監のおじさんに代理してもらってるんだよね。
お金があり過ぎるってのも
冗談とも本気ともとれるような声で要は笑う。浮かべているのは、嘘と真実を
「“そのあたりの詳しいことは、勝負が終わったら全部教えてあげるよ。もちろん僕の本名もね”」
言いながら要は懐に手を入れる。
「“小夜ちゃんが勝ったら……これをあげるよ”」
要が取り出してテーブルに置いたのは、『遺書』と書かれた
「……“これは、僕が本当に死のうと思って書いたものだ。
これ以外にもたくさん書いたけど……これは一番最初に書いたやつだよ。あいつらに何をされてきたか、なんで死にたいのかってことが全部書いてある。結局、リストカットも自殺もできなかったんだけど”」
そう言った要の表情には、いつもの飄々とした感情は微塵も浮かんでいなかった。『京谷要』の奥にいる人物が確かにそこに
「“この中には写真も一枚入ってる。それには隠していた僕の秘密が全部写ってるよ。
この遺書とその写真。両方を見れば、小夜ちゃんは僕の言葉が嘘か本当か
「……それが、嘘ではないという証拠は?」
こめかみから汗を垂らしながら、小夜は尋ねる。
「“それは無理だよ小夜ちゃん。『嘘ではない』は証明できない”」
「だったらその証人とやらも……嘘なんじゃないんですか?」
小夜は立っているりんに目を向けて言った。
要は、どうして分からないんだという風に息を吐く。
「“さっきも言ったけど、僕は、ここにいる間は嘘は言わない。もちろんそれは、そこにいるりんちゃんにも言ってある。それを信じるか信じないかは、小夜ちゃんに任せるって言ったよね。
ここに来たってことは、小夜ちゃんは少なくとも『僕がここにいる』って信じて来たんでしょ? それなのにここに来てから全部を疑ってかかるのは、ちょっと違うんじゃないかなあ”」
「……」
要の言う通りなことに、小夜は返す言葉がなくなる。
「“僕もリスクを負ってここに来たんだ。それなのにずっと疑われちゃ、勝負どころか話もできないよ。僕の言葉が全部嘘だと思うのならそれでいい。それが小夜ちゃんの答えなんだなって思うだけ”」
リスクというのはどういう意味だろうか。要の話を聞きながら、小夜はそう思った。
「“あと一時間ぐらいは完全な
思っていたことが顔に出ていたようで、要がそう説明した。
「“それじゃあそろそろ本題に入ろうか。勝負はこの僕……自称嘘つきが『嘘つき』か『正直者』なのかを当てること。本当にそれでいいんだね?”」
小夜は強く頷く。ここまで来て、今さら引く気はなかった。
「“ちょっとでも僕のことを追い詰めたら小夜ちゃんの勝ち。この遺書と、他に隠してることを全部教えるよ。ウソじゃない。
小夜ちゃんが答えも出せずに黙ってしまったら僕の勝ち。この建物の屋上から飛び降りるよ。これも、ウソじゃない”」
勝っても命を落とすという条件にも関わらず、要はレイジとの勝負の時と同じように、かすかに笑っていた。
「“小夜ちゃんが勝ったら、今後一切小夜ちゃんには嘘はつかない。これは間違いなく約束するよ”」
と要は言い、言葉を続ける。
「“じゃあまずは、二年前と去年の話をしようかな。室長さんにもバレちゃったから、もう隠す必要もなくなったしね。僕の話を聞いて、小夜ちゃんの答えが変わるかもしれないし。
ちゃんと聞いてね。今の僕、嘘は一切言わないよ”」
そう言って眼鏡の奥の黒い目を向ける。
「それも……」
言いかけた途中で小夜は口を閉じる。それも嘘なのでは? という一言がどうしても心の中に浮かんでしまう。
「“二年前の賭けは本当に死ぬかと思ったね。ああいう戦いは初めてだったよ”」
そう言って、要は話し始める。
犯人の証拠も
語り始めた彼の顔を見て、小夜はこう思ってしまう。
『一切嘘を言わない』というのが嘘ではないのならば、今、自分の目の前にいるのは。
小夜は慌てて、その続きの思考を強制的に終わらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます