【その男、「ウソツキ」】⑦

「やれやれ。あれで分からなかったらどうしようかと思ったよ」

 と遠く離れた建物の書斎で、こめかみに手を当てた東條が言った。

 閉じたまぶたの裏では、エレベーターに乗って御門興行事務所の六階へと上がっていく女性の姿が見える。勝負はすぐに始まるだろう。東條は能力の使用を一旦いったん中止させ、こめかみから手をのけて静かに目を開ける。

 あらゆる情報を知ることができるというのは一見いっけん万能ばんのうのようにも聞こえるが、わずかな時間でも情報の海にもぐり過ぎると精神が疲れる。連続で能力を使用していたため、押さえつけられているような頭痛がした。かんだかみみりがまくの奥で鳴っている。

 東條はかけていた眼鏡を外し、目頭めがしらを軽くむ。頭の隅で対価の支払い時間が加算かさんされたのを確かに感じた。次にこの場所から動けるのは二日後といったところだろう。

「まるで銅像どうぞうにでもなった気分だね」

 と東條はひとごとを言い、眼鏡をかける。

 退屈からのがれるために、あらゆる場面をのぞる。その対価で何日も動けなくなろうが、この矛盾むじゅんした娯楽ごらく行為こういはやめられない。なぜなら、その場にいるだけであらゆる情報を知ることができるのだから。

「……ふ」

 と『情報屋』と呼ばれている彼はかすかに笑う。

「僕も彼のことは言えないね」

 東條は頭の中にある人物の姿を浮かべる。

 三年前にいつの間にか背後はいごにいたあの少年。

 怖かった、死にたくなかった、なんで僕が、と声を上げて泣いたあの子。

 その少年の背中をさすりながら、今までよく頑張ったねとなぐさめた。その子が着ていた学生服を見て、こんな子も死んだのかと胸が痛んだ。その子の死ぬまでの経緯けいいを聞いて、さらに胸がけられた。

「……偽名のおや、か」

 自分でもいいたとえだ、と思う。彼がどう思っているかは知らないが、息子がいればこんな気持ちなのだろうかと東條はふと口元をほころばせる。能力を使って彼がどう思っているのかをさぐってもいいのだが……それはさすがに人としてやってはいけないことだ。それをするのは最後の手段にしよう。

 と、一分が過ぎる。東條はもう一度息を吐き、目を閉じてこめかみに手を当てる。

「さてと、面白いのはここからだね。やっと始まるんだ。楽しませてくれよ」

『情報屋』は能力を発動させる。頭の中に、エレベーター内部を見ているような場面が浮かび上がってきた。中にはスーツを着た女性しか乗っていない。

 五階を通り過ぎ、六階で止まる。乗っていた女性はその階でりた。

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