【嘘つきのパラドックス】③

 それと時を同じくして。

「君さあ、事件のこととかいろいろ知ってんだってえ?」

 警視庁地下六階の取調室とりしらべしつ調室では、椅子に座る男が向かいに座る人物にそう聞いていた。

「……」

 その人物はぐったりとしていて呼吸も荒く、見るからに疲弊ひへいしている。不思議なことにその人物の姿の輪郭りんかくには、ジジ、ジジジとノイズが走っている。

「……全部言ったじゃないですか。約束通り」

 とノイズをまとっている人物……『京谷要』は言う。

「それを信じろって? そりゃあ無理があるだろお? ウソツキが」

 と要の向かいに座る照良はニコニコしながら言った。

「嘘つくのは簡単だ。だけどなあ、信じさせるっていうのはその倍難しいことなんだぜえ」

 と言って、机の上に転がる二つのサイコロを指でいじる。

「次は十三回目かなあ。朝までたっぷり時間はある。飽きたら違うの用意してやるよ。いっぱい遊ぼうぜえ」

 そう言って満面の笑みを向ける。

「……は」

 と要はかすかに笑いを漏らした。その直後、バランスを崩した要は椅子ごと倒れこみ、派手な音を立ててパイプ椅子が床を転がる。

「おおっとお。大丈夫かあ?」

 倒れた要の前に、照良が膝を折って声をかける。だが手を差し伸べる様子もなければ、怪我はないかと聞く様子もない。ただじっと、実験動物を見るかのような目で要を見下ろしている。

「なんだっけえ? 『嘘を信じ込ませる』だっけ? 君さあ、そんな強いもん持ってるなら使えばいいじゃねえか。なんで使わねえの? それも嘘なのかあ?」

「……嘘じゃないですよ。それは」

 要は肩で呼吸をし、照良を見上げている。

「じゃあそれを、証明してみせろよ。ほら」

「……」

 照良の言葉に、要は黙り込んだ。

「悪魔の証明だよなあ。『悪魔はいる』を証明したけりゃ、悪魔を連れてくればいい。でも『悪魔はいない』、『自分は嘘つきだ』を証明するためには、どうすればいいんだろうなあ」

 照良はにこやかにそう言う。

「……『嘘ではない』は証明不可能。まるでエピメニデスのパラドックスですね」

「そうだなあ。じゃあそれを証明するために……賭けでもしようぜえ」

 要の耳にもう何度目か分からない言葉が響く。

 脳は疲れ切り、体を起こす力も出ない。体力の限界が近いことを要は感じる。それでも、『それ』からはのがれられない。何よりも優先される本能なのだから。

「もちろん喜んで。僕は嘘つきですよ。室長さん」

 要は疲れ切った顔で微笑み返す。

「勝負は同じだ。相手より数字がデカいほうが勝ち。負けたら全部話せよ、最初からな」

 目の前にサイコロが転がされ、要はすぐに手を伸ばす。

 そうして、十三回目の賭けが始まった。

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