その男、「ウソツキ」

【その男、「ウソツキ」】①

 翌朝。日が昇り始めた時間帯に取調室の扉が開き、中から一人の男が出てきた。

「約束は守る、嘘つきねえ……」

 と、泉小路照良は顔だけ後ろに向けて言う。部屋の中には一人の人間が床に伏せていた。

 腕を支えにしてなんとか上半身を浮かせ、荒い呼吸を繰り返している。顎からは絶え間なく汗が落ち、床に小さなしみをいくつも作り出している。なぜか、その人物の輪郭りんかくがジジ……とまるでビデオの砂嵐のように激しく揺れ動いている。

 ジ、と左手首のノイズが動き、剥がれたその一瞬。左手につけていたはずのタグと呼ばれる物が、綺麗さっぱりなくなっていた。

「君よう、たいしたことねえなあ」

 と照良が部屋の中にいる人物に言う。

「そんな適当な言葉でだませると思ってんのかあ? 本気でそう思ってんなら……ただの間抜まぬけだな」

 と言って、くく、と照良は小さくす。嘲笑ちょうしょうだった。

「……」

 その人物は何も答えない。ただ、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しているだけだ。

「まあなんでもいいが。ともかく捜査協力感謝するぜえ、『京谷要』君よ」

 照良の手には資料を挟んでいるクリップボードのほかに、青色のUSBメモリが一つある。

「君とはこれからも仲良くしたいもんだなあ。

 勝負ならいつでも待ってるぜえ。勝てる自信がついたら挑んで来いよ」

 照良はポケットからサイコロを二つ取り出して投げる。床を転がり、激しいノイズを纏う人物の顔の前でぴたりと止まった。

 照良は顔を廊下へ戻す。そのとき、左から足音がするのに気がついた。照良はそちらに顔を向ける。

 歩いてきたのは頭にカチューシャをつけ、メイド服を着た少女である。年のころは十を超え、十五には届かないほどに見える。

 金糸きんしをより合わせたような髪は首の付け根あたりでそろえられ、服の胸元には風車ふうしゃしたエンブレムがつけられている。

 その小さなメイドは照良の前で足を止めると、

「……お久しぶりでございます、室長さま。お元気そうでなによりでございます」

 と挨拶をした。

「そっちも変わりないみたいだなあ。ご主人様は元気かあ?」

 その質問に、少女はすぐに答える。

あるじならばそこにいらっしゃるではないですか。ほら、そちらに」

 と言って、部屋の床に倒れている男を指さした。

 照良は少女の指の先を追い、その人物に目を向ける。床にいるのは一人だけ。その人物は、ジジ、ジジと激しいノイズで姿を乱れさせている。

「……ふぅん」

 それを見て、照良はそんな声だけを口かららした。

「おはなしは以上でしょうか」

「ああ。そうだなあ」

 照良は箱から煙草たばこを一本抜いて口にくわえ、上着の内ポケットからオイルライターを取り出して火をつける。

「また時間あるときに話そうぜえ。聞きたいことはいろいろあるしなあ」

「こちらも今は急いでいますので、また改めてご挨拶にうかがいます」

「おう。待ってるぜえ」

 そう言うと照良は背を向け、ぶらりぶらりと歩いて行った。

 残されたメイドの少女は開け放たれた扉を二回ノックすると、

「かなめさま」

 と床にいる人物に声をかけた。

「床とキスしている場合ではないですよ。おむかえに参りました」

「……来てくれ、たんだ……」

 とその人物は首に力を入れ、その少女を見上げる。

 癖毛の黒髪。個性的ながらの服。疲れ切った顔。ジジ……とノイズを纏う体。

「ひどいやられようですね。なぜ途中で逃げなかったのです?」

 少女はその人物に手を差し伸べる。

「……逃げようとは、したんだけどね……。扉を見ただけで違う勝負が始まるんだよ。『この部屋から出ない方が勝ち』って言われたら……もう何もできないじゃん……」

 と差し出された少女の手を取りながらその人物は言う。

「それで、負けてしまったと」

「そういうこと……。この名前の秘密も、バレちゃったなあ……。はは……」

 とその人物は疲れ切った顔で笑った。

 この人物をなんと呼ぶべきなのか。『彼』と呼ぶには存在がはっきりしていて、『嘘つき』と呼ぶには曖昧あいまいすぎる。

 それならば、彼を変わらず『京谷要』と呼ぶほかないのだろう。

「まあ、来てくれてありがとう……」

 と言いながら、ノイズを纏う人物……京谷要は少女に引っ張り上げられて立ち上がる。ふらついて倒れそうになるのを少女がわきに入って支える。

「このまま屋上でよろしいでしょうか」

「うん……。疲れた……」

 二人は部屋を出て、地上へ向かうエレベーターへ歩き始める。

「あんな負け方は初めてなのでは?」

「……そう、だねえ……」

 メイドの少女とノイズをまとった男。不釣ふつり合いな二人は、歩きながらそんな会話をわす。

「今ならまだ、死体を一つ増やすだけで済みますが」

 とメイドの少女は変わらず平坦へいたんな声で言う。要は小さくため息をついた。

「やめてよ。あの人は本当に何をするか分かんないから、しばらくは大人しく言うことを聞いてたほうがいいかな……。こっちがやられそうだし……」

「かしこまりました。それでは、今は大人しくしておきましょう」

 二人はエレベーターホールで足を止め、メイドの少女がボタンを押してこの階に箱を呼ぶ。

「警視総監さまにご挨拶はいかがいたしますか?」

「ああ……それは、また今度ね。あの人苦手なんだよなあ……」

「それはあちらも同じかと」

「そりゃあ……一回お葬式までした人間が、目の前で普通に話してるのを見たら腰ぬかしちゃうのは分かるんだけどさあ……」

 と要は頬をぽりぽり掻く。

「信じろというのが無理な話でしょう。私ともあまり目を合わせてくれませんが、一応あの方にはいつも代理をしてもらっているので、あとで私からご挨拶をしておきます」

「うん。そうしてよ」

 そこでエレベーターが到着し、扉がひらいて二人は中に乗り込む。メイドの少女が『R』のボタンを押すと、扉はすぐに閉まって屋上へと動き始めた。

「そういえば、なにやら面白い勝負をするご予定だとか」

「……は。なんのことかな?」

 軽く笑い、要はとぼける。

「負けたら飛び降りるとか、隠していることを全て話すとか。あなたはご自分の立場が分かっていないのでしょうか」

「なんのことか、分かんないな」

 要は笑いながらまだとぼける。

「あの捜査官は頭が悪そうなのであなたが負けるとは思えませんが……もう少しこちらのことも考えてほしいものですね。賭けるのは自分だけにしてくださいと、前の勝負の時にも言ったような気がしますが。それもおわすれですか?」

 とメイドの少女は冷たい視線を向ける。

「勝負は最後まで分かんないよ。確かに小夜ちゃんは騙されやすいけど、もしかしたら僕に勝つ可能性だって……」

 そこで要は、はたと何かに気づいたような顔をした。

「……なんでそのこと知ってるの? 言ってないよね?」

 少女は眉一つも動かさずに答える。

「あなたの下着に盗聴器をつけているからですが。それが何か?」

 要は眉間を押さえ、見せつけるように口から空気を吐き出した。

「……前にも、つけるのやめてって言ったよね」

「ええ。言われましたね」

「じゃあ、なんでつけてるのかな?」

「離れていてもあるじ動向どうこうと安全を確認するためですが」

「……」

 要が疑いの目を向ける。

「失礼。言い直します。あなたにたいする個人的な嫌がらせです」

「去年の勝負でけのしなにしたことまだ怒ってるの? ごめんって言ったじゃん。謝ったんだから外してよ」

「残念ながら盗聴器は外そうとすると大爆発する仕組しくみでして。専用の道具がなければ外すことができません。むやみに触れると高圧電流が流れて死にます」

「ああそう……」

 要はため息まじりにそう言う。疲れた身体がさらに重くなったのを感じた。もはや分かりやすい嘘を追及ついきゅうする体力も残っていない。要は心の中で、やっぱり一人で帰ればよかったかなと思った。迎えに来てくれたのはありがたいが、この子は怒らせるとこういういたずらをするところがある。

 そこでふと、少女は唐突に言った。

「大爆発で思い出しましたが、またキッチンが爆発しました。私のせいではありません」

「あ、そう……。また壊したの……」

「油がねて炎上したあと、水で消火しようとして爆発したようです。キッチン以外は無事なのでまさに不幸中ふこうちゅうさいわいでした。もう一度言いますが、私のせいではありません」

「ああ、そう……」

「私のせいではありませんよ」

「分かったから……」

 まもなくエレベーターは屋上に到着し、扉がひらいて二人は外へ出た。

 

 それから三時間ほどった午前九時ごろ。小夜が出勤しゅっきんしてきた。

「おはようございます」

「おーう。おはよう」

 ちょうど仮眠室から出てきた照良がもしゃもしゃと頭を掻きながら挨拶を返す。シャツはしわだらけでズボンは昨日履いていたものと変わっていない。

「……昨日、帰らないなら連絡ぐらいしてよ」

 とコーヒーメーカーを起動させながら小夜が言う。

「あー、すまんすまん。忘れてたわ」

 頭を掻きながら自分のデスクに歩み寄り、椅子を引いてそこに腰を下ろす。周囲に並ぶのが事務机ではなくリビングテーブルなどの家具であれば、どこにでもある親子の会話だろう。

 しかしそれらは「親子」の時間にするもので、「上司」と「部下」の関係になる職場には持ち込むべきではない。

 せめて連絡ぐらいはしろ、と思いながら小夜は小さなため息をつく。二人分のコーヒーをれ、その一つを照良のデスクに持っていきながら、娘の顔から部下の顔へと意識を切り替える。

「要君はどうなりましたか?」

 小夜はマグカップを邪魔にならないよう、机の端に置きながら聞いた。

「あー、彼か」

 と照良はパソコンにUSBメモリをし込みながら言った。

「シャワー浴びてたらいつの間にかどっか行ってたわ。勝手に帰ったんじゃねえ?」

 と言いながら、照良はマウスを二、三度クリックする。

「……昨日、一緒にいたんですよね?」

 小夜は不信ふしんな表情を浮かべてもう一度聞く。

「ああ。今日の朝まで一緒だったぜえ。もう親友って感じよ。番号まで交換しちまった。次はデートにでもさそうかなあ」

 照良はジョークを言うが、視線はパソコンの画面に向いたままだ。

「まだそのへんにでもいるんじゃねえのぉ? かくれんぼでもしてたりなあ。はははっ」

 と照良は適当なことを言って笑う。小夜は憮然ぶぜんとした表情を浮かべた。もう少し真面目にできないのかと心の中で毒づく。部下の顔である今、上司にそんなことを言えるはずもなかった。娘の時でも言えないのだが。

「ああそうだ。小夜ちゃんにちょっと聞きたいんだけど、いいかなあ?」

 と、ようやく画面から視線を上げた照良は小夜の顔を見る。

「カナメくんのこと、どう思ってんの?」

「どう……とは?」

 質問の意味が分からず、小夜は聞き返した。

「『自分は嘘つきだ』ってずっと言ってるらしいじゃねえか。それ、どう思ってんの?」

「……質問の意味が分かりません」

「じゃあもっと簡単な質問だ。あいつが嘘を言ってるのか本当のことを言ってるのか、どっちだと思う?」

 照良の薄いブラウンのが、小夜を見つめる。照良の表情にはいつものように薄い笑みが浮かんでいるが、その目の奥は全く笑っていない。何を考えているのか読めない目だった。

 ただ質問をしてきただけではないと、小夜はすぐに理解する。

「……」

 少し考えて、小夜はこう答えた。

「彼……要君が嘘を言っているのか本当のことを言っているのかは、まだ分かりません。分からないのにどちらかだと決めつけるのは、まだ早いと思います」

「……へぇ」

 照良はそう言うと、再び目をパソコンの画面へと戻した。

「ある意味カナメくんにとっちゃあ、それは一番厄介やっかいな答えだよなあ」

 照良はマウスに指を添え、画面を下へとスクロールしている。

「彼なら今日中には戻ってくると思うぜえ。気になるなら連絡してみたらどうだ? 素直に教えてくれるかもなあ」

「……組合にいるんじゃないんですか?」

 と、組合に電話をかけようとした小夜の手が止まる。

「あ」

 照良が、しまったとでもいうような声を出した。

「あー……これは言っちゃいけねえやつだったか」

 と頭をがりがり掻きながら照良は言う。小夜は何のことか分からず首をかしげるだけだ。

「……まあいいか。言うなって言われてねえし」

 そう言うと照良は、パソコンの画面に集中し始めた。こうなれば、話しかけても無視されるだろう。

 そこでふと、小夜はあることを思い出した。

 自分のデスクに戻り、かばんから『東條要一』と書かれた名刺を取り出して書かれている番号をスマートフォンに打ち込む。耳に当てると同時に呼び出し音が切れ、相手の声が聞こえてきた。

『……はい。誰?』

「おはようございます東條さん。朝からすみません。実は要君がいなくなりまして……どこにいるか知っていますか?」

『……なんで僕の番号知ってんの?』

「え?」

『さ――小夜さよちゃんに番号教えたっけ?』

 一瞬だけジジ、とノイズおんのようなものがかさなり、要の声が聞こえてきた。

『ああ、教えたのは東條さんか……。こんなことやるのはあの人しかいない……』

 男性にしては少し高く、やわらかい声は間違いなく要のものだ。

 小夜は名刺に書かれている手書きの番号に目をやる。それをしばらく見つめ、そういうことかと理解した。

 名刺に書き加えられていたのは東條さんの番号ではなく、要君の個人番号だったのだ。

『……それで、なによう? 眠いから早く済ませてほしいんだけど……』

 言葉通り声が少し眠そうだ。出かける用意をしながら、そんな要に小夜は言う。

「今から行くので、ちゃんと起きててくださいね」

『……ん? どういうこと? 来るの? 今から?』

隔離棟かくりとうの206号室でしたよね。とにかく今から行きますから」

『今、その部屋に僕いないよ』

「はい?」

 要の言葉に、捜査室を出ようとした小夜は足を止めた。

「じゃあ今、どこに……」

 その時、出勤してきた他の捜査官たちがぞろぞろと捜査室に入ってきた。小夜は壁際かべぎわに寄って進路をゆずり、全員が部屋に入ったところで廊下に出て右側にある休憩スペースに向かう。

 長机ながづくえとパイプ椅子、自販機がいくつか並んでいるだけの場所である。そこの椅子を引いて座りながら、途中で切れてしまった言葉を改めて要に投げた。

「今、どこにいるんですか?」

 要はすぐに答えた。

『自分のいえだけど……ほんとに来るの?』

 要の声には驚きが混じっている。その声色こわいろに小夜は引っかかりを感じた。組合のことを「家」と表現する能力者はいるが、それにしても言い方がおかしい気がする。

「何か引っかかる言い方ですね。どういう意味ですか?」

『えっと……僕の家、島にあるから空か海からしかれないよ』

「……聞いた私が馬鹿でした。そんな嘘はやめてくださいよ」

 ため息まじりに言う。小夜は要の言葉をすぐに嘘だと判断した。

『嘘だと思うなら僕の部屋に行ってみればいいよ。それで分かるから』

 と要は言う。小夜は憮然ぶぜんとした表情を浮かべた。その確認のためだけに組合に行くのは、この男の言うことに従っているようでなんだかしゃくだった。

「そのことは、ひとまずいいです」

 小夜は話を強引に終わらせると、

「あなた、偽名だったんですね」

 と、突きつけるように言った。

『あー、うん。そうだよ。それがなに?』

 小夜にそのことを指摘してきされても、『京谷要』は一ミリも態度を変えることなくそう返してきた。焦りもしていない。

『結構気に入ってるんだよ、この名前。どうせそれも東條さんに聞いたんでしょ? あの人お喋りだからなあ』

「……組合に来たのも三年前だとか」

『そうだよ。僕が死んだのは三年前。まだ僕が……高校生だった時』

 能力者となった人間は、全員が死んだ時の姿で止まっている。そのため、見た目が十歳ぐらいの子供でも数十年前に死亡した人物というのもざらだという。

 小夜は要の姿を脳内に思い起こす。

『京谷要』の身長は百八十センチ前後ぜんごというところだろうか。くせの黒髪に黒い目。サイズが一回ひとまわり大きい服に黒いズボン。裸足はだしのままで履いている靴。とてももとが高校生だというのは信じられない。よくて二十歳はたちかそこらの青年せいねんだろう。

「……嘘はやめてくださいよ」

『僕は、こんなことで嘘は言わないよ』

 と、『京谷要』は言った。

『ところでさ、小夜ちゃん。あの賭け覚えてる?』

 ふと、要がそう聞いてきた。

「……あなたの正体を当てる、っていうやつですか? もちろん覚えてますけど」

『うん、それ。ちゃんと覚えててくれたんだね』

「あなたこそ、ちゃんとやる気あるんでしょうね」

 小夜は声に力を入れて言う。

『あっはは。もしかしてさ、僕が勝負を受けるって嘘をついているとでも?』

「あなたなら、それすらもしそうじゃないですか」

『ひどいなあ。僕は嘘つきだけど、勝負の前にそんな嘘は言わないよ。僕が嘘をつくのは、賭けの時と負けそうな時と、死にたくない時だよ。これは嘘じゃない。ホントだよ』

 と要はもはやおまりのようになった言葉を言った。

『それでね、小夜ちゃん。そろそろ勝負の準備ができるから、賭けをしようよ』

 と、要はその後にこう続ける。

『今日の正午十二時ぴったりに、僕を信じてくれた場所で一時間だけ待ってる。そこで勝負をしよう。来るか来ないかは小夜ちゃんの自由だよ。僕が本当に小夜ちゃんを騙しているのかそうでないのか、それも賭けだ。

 僕の正体を知ってる証人しょうにんも連れていくし、二つの事件で使った物も持っていくよ。これも信じるか信じないかは、小夜ちゃんの自由だよ』

 それは本当なのだろうか、と小夜は思ってしまう。

「それは本当に……」

 と小夜が聞こうとした直後、

『僕はもう一回寝るから。それじゃあね』

 ぷつりという音が聞こえ、通話が切れた。

「もう……」

 小夜は『通話終了』の画面を見ながらため息をつく。

 要の言葉を思い返し、信じていいのだろうか、と考える。自分のことを「嘘つきだ」という男、京谷要。その名前も最初から偽っていた。もしかしたら、彼は一つも本当のことなど言っていないのかもしれない。

 うそいつわりでかためられた「京谷要」は、初めからとんでもない嘘つきなのかもしれない。何一つ本当のことなど言っていなくて、さっき話した賭けのことも嘘なのかもしれない。散々さんざん言っていた「約束は守る」という言葉も。

 だとしたら、彼にとっての『真実』はどこにあるのだろうか。

 名前も嘘。

 口から出る言葉も全て嘘。

「嘘はつかない」も嘘で、「約束は守る」も嘘。「自分は嘘つきだ」も嘘だとしたら。

「……」

 小夜は首を横に振り、頭に浮かんだ様々さまざまなことを消そうとする。

 嘘か真実か、それを考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。

 嘘つきのパラドックスなんて話を聞いたからだ、と小夜はゆっくりと呼吸をする。

 あの男が言っていた待ち合わせ場所はすぐに分かった。あそこだ。適当に言えば入ることはできるだろう。

 あの男が言っていたのが嘘か本当かは分からないが、それは行ってみなければ分からない。

 小夜は休憩所を出て、捜査室に戻る。

 彼が一体どちらなのか、その答えはきっとどこかにあるはずだ。

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