【その男、「ウソツキ」】②

 小夜が『自称嘘つき』の答えを探し始めたのとほぼ同時刻。

「さて、いよいよ始まるよ。どっちが勝つだろうね」

 と言ったのは、『情報屋』と呼ばれている東條である。東條は右手をこめかみに当て、静かに目を閉じている。

 書斎には東條の他にもう一人いた。

 ソファに座っているのは、七分しちぶそでの白い服とジーンズを履いた少年だ。年のころは十五ぐらいに見える。右の手首には腕時計とブレスレット。左耳には小さな黒い十字架じゅうじかのピアスが三つ並び、くちはしにも丸いピアスが二つ。それに加え、その少年はだれかれかまわずくだすようなあく人面にんづらを浮かべている。道を歩いていれば間違いなく警察が飛んでくるだろう。

 だがそれらよりも一番目立つのは、少年の奇妙きみょうな髪色だった。

 耳の下あたりでそろえられた髪は鮮やかだが暗く、まるで銀色と灰色の中間ちゅうかんのような、ひとことでは言いあらわせないしつな色をしていた。

 そんな少年は何をするでもなく、ソファの背もたれに体をあずけている。

「あれだけヒントをあげたんだ。僕としては、小夜ちゃんに勝ってほしいところだけどね」

 と東條はこめかみから手をのけ、ゆっくりと目を開ける。

「アカリ君はどっちに賭ける?」

 アカリと呼ばれた少年は、黙ったままで東條に中指を立てた。東條はやれやれ、とでもいうふうに肩をすくめる。

「どうやらあの言葉を言わないといけないらしいね。前みたいに『スカートを履いてかなめ君とデートする』というばつゲームもけてあげようか」

 と東條が少年に目を向ける。少年は大きく舌打ちすると、ズボンのポケットから何かを取り出して車椅子に座っている東條の膝の上に投げた。

 東條はそれを手に取って見る。一万円札のたばが金属のクリップでめられていた。

「十万円か。思い切ったね。それで、どっちに賭けるのかな?」

 と東條はクリップで留められた束をテーブルに置きながら聞く。

 われた少年はこう答えた。

「てめえが賭けるのと逆だ」

 とても会話をするとは思えない粗暴そぼうな口調である。目上めうえの人に対しての敬語をすっかり忘れてしまったような態度だった。

「ということは、アカリ君は『勝者も敗者もいる』ということかな。面白いね」

 しかし東條は少年の口調を注意しようとはしない。対応が慣れていた。

「僕は『勝者も敗者もいない』と賭けよう。勝負が始まる前にどちらかを決めてしまうのは、少しもったいない気がするからね」

 と言って東條はかすかに笑った。その笑みは、問題の答えを知っている教師のような笑みだった。

 そんな東條を見ながら、少年は言った。

「……全部分かってるくせに。ほんと性格悪いな、クソジジイ」

 東條はにこりと微笑む。

「何を言っているのかな。これはただの暇潰ひまつぶしだよ。退屈しのぎには賭けをするのが一番いい、って知らないのかい?」

 東條は優しい笑みを浮かべたままで言う。その顔には、口にした言葉と同じ感情が浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る