【その男、「ウソツキ」】③

 それから一時間ほど時は過ぎ、場所ははるか遠く。

 周囲に何もないコバルトブルーの海の上に、ぽつんと浮かぶ島があった。二時間もあれば一周できるような大きさである。

 そこの中心に近い場所には立派な屋敷がてられ、その後ろには滑走かっそうはさんで深い森が広がっている。海のおだやかな風に押され、屋敷の屋根に設置された風見鶏かざみどりは小さく揺れ動いている。

 屋敷のすぐ裏は飛行機の格納庫かくのうこに繋がっている。そこの鉄扉てっぴは開け放たれており、中ではオーバーオールを着た一人の少女が椅子に座ってプロペラ機を整備していた。

「……」

 少女は分厚ぶあつい手袋をつけた手で顔の汗をぬぐう。格納庫は熱がこもる。つけていた整備用のゴーグルを取り、手袋も外して少し休憩する。少女の金糸きんしのような髪が汗で湿しめり、首筋くびすじに張りついていた。

 少女は椅子から立ち上がり、作業台に置いてあったペットボトルを手に取って中のジュースを飲むと一息ついた。

 彼女をよく見ると、作業服の中は何も着ていない。肌着はだぎや下着すらもけていないようだった。いくら格納庫の中が暑いとはいえ、実におかしな格好の少女である。

 と、そのとき。格納庫に人影が伸びた。

「おはようございます。かなめさま」

 と少女はその人影に声をかける。

「うん。おはよう」

 と人影は言った。その声は、少年と呼ばれる年頃のものだった。

 その人物の顔は逆光ぎゃっこうの影になっていて分からない。かろうじて分かるのは、背が低いということと寝癖ねぐせのように髪がはねているということだけである。

「もう行ける?」

「はい。すぐにでも」

 人影がそう聞くと、少女はタオルで顔の汗をきながら返した。

「荷物の積み込みもできております。機体もエンジンも問題ありません。燃料の補給もすでに終わっております」

「そっか。暑いのにありがとうね」

「他の使用人は整備ができませんから、仕方ありません」

 少女は床に散らかっている道具を拾って片付ける。それが終わると着ていた作業着を脱ぎ、ハンガーにかけてあったメイド服を手に取って頭からかぶる。背中のホックをめ、髪を整えてカチューシャもつけると見事みごとなメイドの完成である。

 メイドの少女はふわりとスカートをひるがえして運転席に乗り込むと、鍵を回して機体のエンジンをかける。

 人影も格納庫に入り、コックピットに乗り込んで機体の扉を閉める。

「いい天気だね。空を飛ぶのにはぴったりだ」

「そうですね。空に見とれて操縦を誤り、墜落ついらくするかもしれません」

 盛大な音を立ててプロペラが回り始め、格納庫から出た機体は加速するために滑走路を走り始める。

 二つの車輪が浮き上がり、すぐに飛行機は青空へと飛び立った。

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