【その男、「ウソツキ」】④

 ひとまず整理しよう、と小夜は机の上の資料たちとにらめっこを開始する。

 二年前の六月十二日。『道化師どうけし』と呼ばれていた能力者エスター=ノートン=クラウンが何者かによって殺された。彼の本名はエスター・ノートン。どうやら「クラウン」はあとからつけた名前らしい。『道化師』と呼ばれる前からそう名乗っていたのか、それとも名乗った後に俗称ぞくしょうが広がったのか。そのことは今はいいだろう。

 彼が持っていた能力と対価は知らされていない。もしかしたら現場に出ている捜査官なら知っているかもしれないが、聞いたところで教えてはくれないだろう。小夜は次に事件現場の写真に目をやる。

 送られてきた資料によると、現場は廃墟になった遊園地とのことだ。大きな観覧車が見える広場のような所で死体が発見されたらしい。死体には頭部とうぶがなく、その周りには大量の小さな玉のような物が転がっていたそうだ。死体と玉の広がりを見るに、どうやら背後から撃ち抜かれて絶命したようだと資料には書かれている。それ以外の部分は黒い線が引かれ、文章が読めなくなっている。資料の最後……線が引かれていない部分を小夜は目で読み上げる。

『被害者以外の指紋、靴の跡、髪の毛などは一つも見つかっていない』

 組合に行く前、車の中で読んだものと同じだ。小夜は心の中でため息をつきながら、次の資料を手に取る。

 その事件から一年後の六月十日。また、違う場所でエドワード・ウィルソンという能力者が死体となって発見された。現場には彼の他に普通の人間の死体が転がっていたらしいが、詳細はくろせんによって隠されている。そしてこの現場でも、犯人に繋がる証拠や情報は一切見つからなかったと書かれている。

 東條さんの話によると、二人目の被害者エドワード・ウィルソンは『確率のエドワード』と呼ばれていたらしい。ということは、その名の通りの能力を持っていたということだろうか。このあたりのことは、今考えてもどうしようもないことだ。どうせ上司に聞いても教えてはくれないだろう。

 小夜は顎に手を当て、次のことを考える。

 そしてこの前……去年の事件からちょうど一年後の六月十日。隔離棟の男、京谷要が一人の能力者と勝負をして勝った。何をやったかは知らないが、気がつくと彼と勝負をした相手は死体になっていた。

 それについて「あなたがやったんですか?」と聞くと、

「うん、僕だよ」

 と彼は表情一つ変えずにそう答えた。

 彼が言うには、『能力者を賭けで一人殺すごとに、寿命を一年延ばす』という約束を“神”としているらしい。

 それが本当のことなのかはひとまず置いておこう。そのことを抜いて考えてみても、全ての事件の日付が近いのはただの偶然とはがたい。

 小夜は一人で考え続ける。

「コーヒーれるけど飲むか?」

 と声をかけてきた上司の声も無視し、考え続ける。無視された照良はぶつぶつ言いながら一人分のコーヒーを淹れていた。

 小夜はあの男、『京谷要』の今までの言動を頭の中に思い起こす。

 傷つくことは嫌だというのに、平気な顔で命を賭ける。かと思えば、敗北する一歩手前から大逆転したり、「わざとじゃなきゃ負けないよ」などと言ったりする。

 飄々ひょうひょうとしていて読めず、何を考えているのかその思考の欠片かけらさえもつかませない。

 思い起こす『京谷要』は、そんな男だ。

『僕は嘘つきだよ。これは嘘じゃない』

 彼の言葉が頭をよぎる。

 その言葉は本当に……そのままの意味なのだろうか。

 と、そのとき。部屋の扉がいてスーツを着た男が入ってきた。彼は椅子に座る小夜には目もくれず、小夜の後ろを通ってまっすぐ照良のデスクへと向かっていく。

「室長。報告が」

 とその男は照良のデスクに報告書を置いて見せる。

御門みかど興行事務所ですが……床の一部から突然、血痕が浮かび上がってきました」

「うん。それで?」

 コーヒーカップを片手に、照良はちらりと小夜に目をやる。入ってきた男は報告を続ける。

「それと、毛髪もうはつ指紋しもんも出てきたとのことです。その二つも鑑識に回して調べさせています。鑑識によると、なぜか御門興行事務所にいた女性捜査官の物ではないとのことです」

「なぜか」を強調した男が、ぎろりと小夜を睨みつけた。小夜は慌てて目を逸らす。照良はそれに目をやり、

「うん」

 と言って男に次の報告を促す。照良が報告をめる素振そぶりはない。聞かれても問題ないと判断したのだろう。

 男は報告を続ける。

「すでに、死体の運び出しは終えました。現場は『暴力団の抗争』という名目めいもくで封鎖し、一般の警官二名に警備させています」

「うん。適切な判断だ。早いね」

「もし事務所に入るんだったら、ダミーの警察手帳を見せてください。間違っても警官の顔面に拳をめり込ませないように。死体安置所はあと一人しか入らないんでやめてくださいね」

「了解。平和が一番だからなあ」

 と照良は冗談っぽく笑いながら、手に持っているコーヒーカップを口に運ぶ。

「それで、見つかった血痕ってのは?」

「それですが、どうやら十代なかばから後半あたりの男性のもので間違いないと……」

 そこで照良は、わざと音を立てて持っていたカップを机の上に置いた。そして言う。

「すまん、続きは煙草吸ってからでいい?」

「いいですよ。ライター持ってます?」

 照良は机に置かれた報告書を手に取ると、男と共に出て行った。

「……」

 部屋には、小夜だけが取り残される。

 時々ときどきこういう場面に遭遇そうぐうする。他の捜査官や上司が、自分とは明らかに壁を作っているような感じだ。今までは気にもならなかったが、なぜか今はそれが心に深く刺さった。

 壁掛けの時計を見る。あの男が言っていた時間まで、あと一時間ほど。

 小夜は広げていた資料を鞄に突っ込み、決意したようにがたりと椅子から立ち上がった。

 鞄を肩に引っ掛け、急いで捜査室を出る。さいわいにも上司と先程の男は休憩所で飲み物を買っている最中さいちゅうだった。

 缶コーヒーの蓋を開けている上司に、小夜はこう言った。

「あの、室長……ちょっと組合に行ってきてもいいですか?」

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