【その男、自称「嘘つき」】⑥

 時をさかのぼり、今から一年前のことである。

 場所は同じく、御門興業事務所の六階の部屋。すでに日は変わり、六月十二日になって三十分ほど経っている。椅子に腰かけて夜の空を見ながら、レイジは一人の老人と通話をしていた。

『そっちも相変あいかわらずか。平和すぎて退屈たいくつはしないのかね?』 

「うるせえな。余計よけいなお世話だ」

 レイジはグラスの氷を鳴らし、酒を喉に流し込む。老人はふくろうが鳴くように、ふっふっふ、と低く笑った。

 この老人の名をエドワード・ウィルソンという。海外で巨大なカジノを経営し、裏社会のトップに君臨くんりんしている人物である。

『平和もいが、平和すぎるのは少々退屈。たまにはめられたいものだ』

 とエドワードは言う。それはむずかしいのぞみだなと、レイジは心の中で思う。

 この老人は『確率を操る』という能力の持ち主だ。その気になれば勝負をすることなく相手を殺せる。それをしないのは、どんな勝負でもすぐに終わらせず楽しむくせがあるからだ。

『やはり私の退屈をいやせるのはあの『魔女』のみか。確率さえもおよばぬりょういきで、時間さえも超える『魔女』。あやつの最強は唯一にして孤独こどく。そして……死だ。すべてのきなど薄っぺらな紙きれとす奴の世界が、私にはもっとこころおどる戦場だ』

 とエドワードは声に楽しさを乗せる。『魔女』と呼ばれている能力者には、レイジも何度か挑んだことがある。しかしいまだ一度も勝てたことはない。

『……それはそうと、また死んだな』

 話題が切り替わり、レイジの身にもわずかに緊張が走る。

「……『道化師どうけし』か」

 とレイジは死んだ人間の俗称ぞくしょうを言い、グラスに残った酒をぐいと飲み干す。

『ふっふっふ。その程度の賭けに負けるあれが弱かっただけのこと。……ああ、少し待て。すぐに行く』

 それはレイジではなく、違う誰かに向けて言った言葉だった。

「なんだ、客か?」

『……ああ、どうやら私に会いたいという命知いのちしらずがいるらしい。若い男とメイドが一人。少し珍しい客だ』

 そう言ったエドワードの後ろで、扉をノックする音が聞こえてくる。

『やれやれ、こんないぼれにいどんたところでなにるわけでもない。ものきなやつよ』

 もう一度聞こえてくるノックの音に、エドワードは「待て待て」と返事をする。

 エドワードは、最後にこう付け加える。

『勝負が終わったらおろかな挑戦者の写真を送ろう。額縁がくぶちに飾ってながめるとい。ではな』

 ぷつりと、通話が終わる。

 それから一年経つが、エドワードからの連絡はいまだにない。

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