【その男、自称「嘘つき」】⑤
「あ、
と要はとある建物の前で足を止める。
そこは普通のビルに見えた。
「あの……」
「うん? なに?」
小夜は聞いた。
「ここって、普通のビルですよね……?」
「うーん、どうだろうねえ」
と言いながら要はすたすたと中へ入っていく。
「え、あの、ちょっと待ってくださいよ!」
小夜は慌てて後ろを付いて行き、一緒にエレベーターに乗り込む。要は上階へ向かうボタンを押す前、思い出したようにこう言った。
「あー、そうだ小夜ちゃん。帰りたいなら
「……なぜ今このタイミングで言うんですか?」
言葉に明らかな不機嫌さを乗せ、小夜はそう返す。
「今ならまだ帰れるよって意味だよ。ここに来るまでに、そう言ってたら帰ってた?」
「そんなことはしません。言ったでしょう? あなたを一人にするわけにはいきませんから」
「たとえそれが、明らかに普通じゃなさそうな事務所でも?」
要は楽しんでいるような笑みを小夜に向ける。
「……そうです」
「じゃ、まだ付き合ってくれるってことね」
要はそう言うと、最上階である「6」のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まり、上階へと動き始めた。
「……あの、」
「『なんでこんな場所に来たか』かな?」
「……そうです」
言いたいことをまるまま言われ、小夜は少し嫌な顔をする。
「んー……そうだなあ……。
要は顎に手を当て、そう答えた。
「僕は初めて神サマと会った時、
「ああはいはい……まさにそれは
聞くんじゃなかったなと思いながら、小夜は言葉にため息を
「だから、嘘じゃないって。僕は、どんなことをしてでも死にたくない。たとえ死にかけても、死ぬようなことになったとしてもね」
「
「あはは。それはよく言われるよ。
でもさ、こうなったみんなは
と言って、要は笑いかける。
「……それで、ここにはどんな能力者が?」
ひとまずその話の
「んーっとねー……詳しくは知らないんだけど、この事務所にいるって話を聞いてさ」
「私としては初耳ですが……。それで、相手はどんな能力を持っているんですか?」
「うーん、知らないなあ」
「はあ、なるほど。『知らない』という能力を持って…………えっ⁉ 知らない⁉」
小夜は思わず目を見開いて
「え、し、知らないって言いました⁉」
「うん言った」
「相手がどんな能力を持っているか知らないのに、ここに来たんですか⁉」
「うんそうだね」
「の、能力者がいるというだけで……?」
「うん、そうだね」
「……理解できません。
「本音は?」
「……『こいつ、頭いかれてやがる』、です」
「うわお、すごい正直だねえ」
要は
小夜には、要がなぜそんなに笑えるのかが理解できない。こめかみを押さえて細い息を吐いた後、小夜は
「……一応聞いておきます……勝算は?」
「んー分かんない。勝てたらいいなって感じかなー」
「……頭おかしいんですか?」
「あはは、そうかもねえ。それもよく言われる」
要はまた笑う。小夜には、この男がなぜ笑えるのかが本当に理解できない。
「大丈夫だよ。僕らには『賭けに惹かれ、拒めない』っていうのがあるからさ、相手が同じ能力者である限り、それさえ言っとけばとりあえずはなんとかなる。どんなに弱い能力を持ってても勝てる可能性は
まあまあ、そこんとこは安心してよ。作戦は無いこともない……っていうかただの嘘なんだけど」
「また嘘ですか……。嘘をつくことだけじゃ勝てるわけないじゃないですか……」
そう言った後、小夜は深いため息を吐き出した。そして隣の男の横顔を見て思う。
自称「嘘つき」の京谷要……一言で言い表すならば、『よく分からない』としか言えない人物。その態度と口調は軽く、まるで
自分でも『嘘つきだ』と言っているのだから、当然彼は嘘つきなのだろう。それは嘘ではない気がした。
けれど、と小夜は彼の黒い眼を見つめる。
本当に嘘つきならば、彼はいったいどっちなんだろう。ただのくだらない嘘を言っているだけなのか、それとも全て本当のことを言っているのか。
自称「嘘つき」は本当にただの嘘つきか、それとも本当に……。
そう思ったところでエレベーターが指定の階に到着し、扉が開く。要が一歩踏み出し、小夜も少し後ろに並ぶ。
到着してすぐあったのは、広い事務所のような部屋だった。
「ああ?」
ソファに座っている一人の視線が突然の来訪者を睨みつける。上着の胸元を大きく開けた、見るからにがらの悪い男だ。
小夜は、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「小夜ちゃん」
要は小夜の方を向く。その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「本当にいいんだね? 今ならまだ、帰れるよ」
要は後ろのエレベーターのボタンに手を伸ばしかける。
「小夜ちゃんがいなくても、僕は一人でやるよ。慣れてるからね」
そう言って黒い目を細める。
「……この状況でそれ聞きますか?」
この男は、この状況からまだ逃げられると思っているらしい。
ああ、なんでこんな奴の付き添いなんかしたんだろう……本当に。
「……いいんだね、帰らなくて。ならすっごい助かるよ、本当に」
そう言うと、要は階数のボタンへ伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……おいおい、どこの
ソファに座るもう一人が立ち上がり、二人に近づく。
小夜は要の背中に隠れながら、部屋の中にいる人間を目で数える。目の前に一人とソファに一人。立って
「おい、聞いてんのかよ!」
目の前の男が要の胸ぐらを掴み上げる。同時、小夜の口から小さく、ひ、という音が漏れた。
「うるさいなあ。君に
要の視線の先は、デスクにいる男に向けられている。
何かを感じたのか、デスクにいる男が無言で離してやれと言うように手を動かす。要を掴んでいた男は素直に手を離し、要は服をつまんでしわを伸ばす。だが、服のサイズが体より大きいためあまり意味がない。
「……オレに
デスクにいる男がソファに移動しながら要に尋ねる。
「言わなくても分かるでしょ?」
要もそう言いながらソファに向かう。その後ろを、できるだけ体を
男と要はソファに座って向かい合う。二人の
要はそれらを見るなり、
「これ邪魔」
と言って腕で
「てめえ!」
一人の
要は薄ら笑みを浮かべたまま正面に座る男と目を合わせ、ただ
「賭けをしようよ」
向かいの男はすぐに答える。
「ああ、いいぞ」
と男は迷うことなく要の勝負を受けた。つまりはこの男こそが、要が勝負を挑みに来た能力者であると小夜はすぐに気づいた。
勝負を受けた男は、他の男たちに武器を下ろすよう無言で指示を出す。そしてそれぞれが舌打ちしたり
「……そっちのお嬢ちゃんはなんだ?」
とソファに座る男はじろりと小夜を見る。
「小夜ちゃんはただの
「付き添い?」
男は馬鹿にしたように言うと、ふん、と鼻で笑った。それから
「一人じゃ
男がそう言うと、部屋いっぱいにはやし立てるような笑い声が上がった。
「デートかよ、お嬢ちゃん」
「ガキじゃねえか。いろいろ教えてやろうか?」
「変態共には売れるかもな」
そのあとに
「で、いくら欲しいんだ?」
男が要に聞く。
「は? 何言ってんの? もしかして耳が悪い?」
要はすぐにそう言った。男の目がぴくりと動いたのが小夜にもはっきり分かった。
「あ、耳じゃなくって悪いのは頭の方かな? 僕は勝負をしに来たんだ。お金なんかいらないよ。そこの床に散らばってるやつより、比べ物にならないぐらいの
というかほら、小夜ちゃんも座りなよ。ずっと立ってるつもりなの?」
要が自分の隣の席を叩く。素直に小夜はそこへ腰を
「金じゃねえってか……まあいい、まずは名乗ってやるよ。挑戦者」
男は要と目を合わせると、簡潔に自己紹介をした。
「
「あ、もういいよ。興味ない」
要はとてもいい笑顔で、向かいに座る男……夜喰レイジの言葉を途中で切った。びきりとレイジのこめかみに血管が浮き上がる。内側の怒りが表面に出た瞬間だった。
そこで改めて、小夜は勝負を受けた男……レイジの姿を見る。年のころは三十に届くか届かないかというあたりに見えた。派手な金色の髪を後ろに流し、耳にはたくさんのピアスをぶら下げている。着ているのは黒いタンクトップの肌着に
初めて見る顔だった。組合に住む能力者のリストの中でも見たことない顔だ。
と、レイジの目がぎろりとこちらを向き、小夜は慌てて視線を
「僕は京谷要。みんなからは『嘘つき』って言われて有名だよ。よろしくね」
と要は右手を差し出した。握手である。だがそれをレイジは無視する。
「あれ、握手は嫌いなのか。仲良くできると思ったのになあ」
と言って要は出した手を引っ込めた。
「それじゃあさっそくだけど、
「……そうかよ。そりゃ残念だ。なら、ローカルルールのブラックジャックなんてどうだ?」
と言って、レイジはポケットからトランプの箱を取り出してテーブルの上に置いた。
「ルールは分かるだろう?」
「まあね。『21に近ければ勝ち。超えたら負け』……だっけ?」
「ああ。分かってんじゃねえか。加えるなら、『Aは1と11、
あと言っておくが、つまんねえイカサマなんかしてもオレにはお
レイジは箱からカードを出してシャッフルする。「ははっ」と要が軽く笑った。
「つまんないイカサマねえ……。そこは大丈夫だよ。そんなことしなくても勝てるから」
は、とレイジは
「……よく
「沈黙が怖いだけだよ。静かな空気が
「
ここに来てべらべら喋る奴でも、負けが
「はあん……。すぐ、ねえ……」
要はそう漏らして、シャッフルするレイジの手つきを見つめる。
「まさか、自分が負けるわけないって思ってるの? ずいぶんな自信だねえ」
「だったらなんだ?」
レイジは真面目に取り合わない。
「勝負はやってみないと分からないよ。特に僕らはね」
「ほお。演説か? ゴルフに行ってる
レイジは適当に返答する。要は続けた。
「僕らの勝負は、単純な能力だけじゃ決まらない。運もあるし確率もあるし、嘘もイカサマも
「ああそうだな。で、何を賭けるんだ?」
レイジはシャッフルする手を止め、要に聞く。
「うーん、そうだねえ……」
と要は
「やっぱりさあ、僕らの勝負って、お金とか普通の物を賭けたんじゃつまんないよねえ。
前やった勝負の時は一緒に来てくれた
さて、今回はどうしよっかなあ」
言いながら要は部屋を見渡す。その
「あー、僕思うんだけどさあ。賭けってのは、目に見えるものを賭けてこそ盛り上がるんじゃないかって。普通の勝負にしても、僕らの勝負にしてもね。特に、お金以外の負けたら絶対に終わりっていうものとかさ」
「もったいぶるなよ。何を賭けるかさっさと言え」
「まあまあ。そんなに
「
「そんなに冷たくしないでよ。同じ死人でしょ?」
「よく喋る死人だぜ。ご
「まあね。君に会えたから気分はいいよ」
「
二人の会話を聞いている途中で、小夜はふと思った。
あれ、私、なんでここにいるんだろう……。
小夜は口元に手を当てて考え込む仕草をする。一度思うと目の前の事より優先して考え込んでしまうのは、
とうに、小夜の耳には二人の会話は聞こえていない。小夜は一人で悩み、考えている。
よくよく考えれば、ここまでついて来ずに車で待っていてもよかったんじゃないか?
その一言を浮かべるが、すぐに小夜は頭の中で否定する。
いいや、この男が大人しく目的地に行くとは思えない。逃げられたら、きっと、今よりも状況がひどくなっていたことだろう。それだけは分かる。小夜は上司と先輩と同期の捜査官に囲まれ、泣きながら頭を下げている自分の姿を想像した。
組合で他の捜査官に任せるにしても、連絡を取っている
小夜は背筋が寒くなった。あの人ならやりかねない。いや、ほぼ間違いなくやる。その時に何を言われるかすら
結局私は、この男にいいように使われただけなんじゃ……。
小夜はその結論にため息を吐く。すると、また要と目が合った。
「よく分かってるじゃん。僕のこと」
と要は笑った。小夜はなんだかとても嫌な予感がした。
そして要は、レイジにこう言う。
「よし決めた。せっかくここまで来てくれたからさ、僕は小夜ちゃんも賭けるよ」
部屋の中の空気が一瞬固まる。
数秒の沈黙が流れた後、
「…………はああ⁉」
小夜が声を上げた。
「ちょ、ちょっと! なんで私なんですか! 私、関係ないじゃないですか‼」
「あ、じゃあ帰る? おつかれー。ばいばーい」
要はにこやかに手を振る。そんな要の態度に、一瞬にして怒りが頂点近くまで跳ね上がった小夜は思わずぎり、と
「まあまあ、落ち着きなって。そのさ、殴ろうとしてる手も引っ込めて。ね? せっかく来たんだから楽しもうよ。今から楽しいパーティーが始まるかもしれないよ?」
要はにこやかにそう言う。明らかに今いる場所と言っている言葉が合っていないが、小夜はとりあえず
ちなみにここで言っておくが、小夜が要と出会ってからまだ一時間も
「あー、じゃあ話を戻すけど」
と要はレイジに言う。
「僕が負けたら、僕の持ってるものを全部あげるよ。僕は小夜ちゃんと、自分自身の全てを賭ける」
要はあっさりと、そう言ってのけた。
「……え? は……?」
小夜は一瞬、言葉の意味が理解できなかった。自分自身の全てを賭けるということは、負けたとき、何をされても文句は言わないということだ。
小夜がそれを理解するまでに、約二秒。
「これでも僕さ、結構
要はレイジを見つめたままさらに続ける。
「それとさっきの『自分自身を賭ける』っていうのは、そのままの意味と取ってもらって構わない。僕が負けたら君の好きなようにしてよ。殺そうが生きたまま
「えっ⁉ ちょ、ちょっと……なにを勝手に……!」
「あと追加するならそうだなあ……。僕が負けたら、僕の友達全員の能力と対価……本名も教えてあげようかな。それらの情報を持てば、少なくとも君に敵はいなくなる。どうかな?」
「……ほう。面白いことを言うな、お前。それが全部本当なら、な」
レイジは明らかに本気で聞いていない。要の言葉を嘘だと思っている顔だ。
「……ふうん。ま、疑うよねえ。いいよ、疑われるのは慣れてるし。じゃあもう一個、追加してあげようかな」
と、さらに言う。
「僕が一ターン負けるごとに、僕の持ってる能力のヒントをあげるよ。もしそれで君が、僕の持つ能力もしくは対価どっちかでも当てられたら、その瞬間に僕の負けでいい」
今度こそ、部屋の中の空気が凍り付いた。
「あ、あなた……何を言ってるんですか……?」
小夜は喉から言葉を絞り出す。頭がどうにかしているとしか言えないような提案だ。この男は他人と自分の命を賭けることに加え、さらに自分を
「……お前、いかれてるな」
とレイジが言う。今までのような上からの態度ではなく、改めて対戦者として認めた声だった。
「よく言われるよ。というかいつも言われてる」
と要は肩をすくめる。
「ああそうそう。君は無理してこんなに賭けなくていいよ。君が賭けられるものってさあ、ここまでないでしょ? 分かってるって。いいんだよ、無理しなくってさ。君が同じようなものを賭けても、僕には勝てないんだからさ」
そう言って要は笑いかける。
レイジの顔が一気に
「まあ早い話、僕が負けたら小夜ちゃんと僕自身と、僕の持ってるものは全部君のものだ。それで君は向かうところ
要はおどける。目の前の人間と周囲から睨みつけられ、隣に座っている小夜は気が気じゃない。
「で、僕が勝ったら君は永遠におやすみってわけだ。やったね! もう夜中に呼び出されることも、気に入らない人に頭を下げることもない。嬉しいでしょ?
結局勝負っていうのは、分かりやすいのが一番だよね。殺すか殺されるか、それだけだ」
「はっ」
レイジは軽く笑った。
「おもしれえ。オレを殺すだと? いいぜ、やってみろよ」
そして懐から何かを取り出し、ごとりとそれをテーブルの上に置いた。置かれたのは黒光りする拳銃だった。小夜の体が一気に緊張する。目の前で起こっていることがとても現実とは思えなかった。
小夜は額に手を当て、考える。
そもそも彼ら能力者たちにとって、自分の持つ能力というのは最大の切り札に等しいもののはずだ。
それを、それを……勝てるかどうかも分からない勝負に? 相手がどんな能力を持っているかも分からないのに? 負けるごとに、自分の持つ能力のヒントを教える……?
小夜は頭が痛くなった。何一つ理解できない。この男はいったい何を考えているのだろう。少なくとも、説明されても理解できない内容だけなのは確かだ。
「今さら逃げるとか言うなよ?」
と、レイジが言う。
「はは、逃げないよ。ていうか、もう逃げられないの分かってるくせに。君こそさ、負けた時に
そこで小夜はハッとする。
「ま、待ってくださいよ……!」
負けた相手を撃ち殺すなど、そんな勝負を認めるわけにはいかない。捜査官が目の前で殺人を許すなど
「そ、そんな勝負……認めるわけにはいきません」
「あ、そう」
要は言い終わると同時、かちりと何かを
「あー、間違えて撃っちゃった。わざとじゃないよ。ほんとだよ?」
小夜はおそるおそる要の右手に目をやる。いつの間に手にしていたのか、彼の持つ銃の口から煙が上がっていた。
部屋の中いっぱいに、嫌な鉄のにおいと
「お前!」
「何やってやがる!」
男たちの怒声が部屋の空気を震わせた。要は持っていた拳銃をテーブルの上に放り投げ、ひらひらと両手を頭の上に上げる。
「わざとじゃないって言ってるじゃん」
ごり、と要の後頭部に何かが押さえつけられる。続けて聞こえる、かち、と拳銃のハンマーを起こす音。小夜はぎこちなく首を横に向ける。
「だからさあ、間違えただけなんだって。そんなに銃口押しつけないでくれる?」
自分の隣では、二人の男から拳銃を後頭部に突き付けられた男が……笑いながらそう言っていた。
小夜は目を動かして向かいの席を見る。睨むような視線を要に向けたレイジが軽く右手を上げ、撃とうとする男らを止めているようにも見える。
「……あ、あなた……」
真っ白になった小夜の頭の中に、ただこの一文だけがはっきりと浮かび上がる。
これで本当に、負けたらおしまいだ。
「あはは。これで本当に、負けたらおしまいだね。ま、負ける気なんてないんだけどさ。
どうする小夜ちゃん。本当に逃げたいなら逃がしてあげるけど」
と要は黒い瞳を向けて問いかける。
「……この状況で、嘘はやめてくださいよ……」
「僕、勝負の時は嘘つくけど、できないことはできるって嘘つかないよ」
「じゃあなぜ……いいえ、もういいです……」
小夜は両手で顔を覆い、細い息を吐く。
この男のことが何一つ理解できない。「死ぬのは怖い」と言いながら自分の全てをいとも簡単に賭け、さらに殺人までして自分をさらに追い詰めた。これじゃあ崖下に体の半分を投げているようなものだ。
手の隙間から彼の横顔を見つめ、小夜は思う。付き添いに来た時点でこの男の手の平の上だったような気がする。本当についてくるんじゃなかったと激しく後悔した。
つまり最初から、選択肢はなかったのだ。
「……勝ちますか? 必ず」
小夜は手で覆っていた顔を上げ、横目を向けて要に尋ねる。作り物のような黒い眼を持つ、自称「嘘つき」に向けて。
「さあねえ。それはどうだろう。けど、約束だったら絶対勝つよ」
「それは、本当なんですか?」
「さあねえ。どっちだと思う?」
小夜のブラウンの瞳に、要の顔が反射する。彼が浮かべている笑みは、諦めて笑うしかない笑みなのか、本当に勝つ自信がある笑みなのか、どちらなのかは小夜には分からない。「約束は守る」という言葉が本当なのか嘘なのかも。
それでも自分は、彼に賭けてみるしか選択肢はないのだ。この自称「嘘つき」と……彼の嘘か本当か分からない言葉に。
小夜は、息を吐く。
「……なら約束です。『絶対に勝って』ください。負けたら殺します」
「わあお。怖いねえ。じゃ、ちょっと
誰も信じられないような、嘘みたいな勝ち方するからさ」
そう言うと、要はにこりと笑った。
「……話は終わったか?」
とトランプの山札で遊んでいたレイジが聞く。目の前で部下が殺されたというのに、レイジの表情は一ミリも変わっていなかった。
「ああ、ごめんごめんお待たせ。で、何回戦かな?」
「勝負は三回戦だ。オレに一回でも勝てたらそっちの勝ちでいいぜ」
「オッケー。三回も付き合ってくれるんだ。じゃあ、もう一個教えてあげようかな」
と要が言い、レイジは静かにカードを配り始める。
「僕さあ、こんなんだけど、
要はそう言うと、配られたカードをめくる。
「……」
レイジはなぜか、要の最後の言葉に引っかかりを感じた。
『嘘か本当かは別として』……では、この男はいったい『何』を言っているのだろうか。
レイジは自分の手札をめくってそれに目を落とすことで……引っかかった言葉をなるべく考えないようにした。
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