【その男、自称「嘘つき」】④

 小夜は目的地近くのパーキングエリアに車を停め、エンジンを切る。

「ありがとね。じゃ」

 要はシートベルトを外し、助手席のドアを開ける。

「……待ちなさい。私も行きます」

「え? 小夜ちゃんも来るの?」

「当たり前です。あなたを一人にさせるわけにはいきません」

 小夜もシートベルトを外しながら言う。運転席のドアを開けると、裏通り特有とくゆうほこりっぽいような油っぽいような、何とも言えないにおいが鼻の奥をついた。

「あ、そう。なら助かるよ、本当に」

 と要は言い、車から出た二人はそのまま連れ立って歩く。

 ふと、要が言った。

「ここ二年で、能力者が二人殺されたんだってね。間違いなく、他殺で」

 ぴくり、と小夜の目の周りの筋肉が一瞬動く。

「二人ってことは、一年に一人ってことだよね。どうなの?」

「……なぜそれを知っているんですか?」

 小夜はひたいを押さえながらそう返す。

「だってさ、後ろの席に資料置いてたじゃん」

「勝手に見ないでくださいよ……」

 小夜はため息を吐き出すように言った。まだ頭の中にあの薄い霧がかかっているような感じがした。

「見てないよ。分かっちゃうだけ」

 と隣を歩く要は笑う。小夜は何も返さない。

「犯人の情報がまったく無いなんて、不思議な事件もあるもんだよねえ。それでおげだから、小夜ちゃんは、東條さんに会いに組合に来たんだよね」

「……」

 小夜は何も返さない。いくら被害者たちと同じ普通の人間ではないにしても、事件のことを話すべきではないと判断する。

「いやあ、すっごい回り道してるよねえ。そんなことしなくても教えてあげるのに。協力者が東條さん一人しかいないって、捜査室として大丈夫なの?」

「……」

 ぶちりと理性の紐が切れかける。その寸前すんぜんに、小夜は鼻から息を吸ってなんとか冷静をたもつ。

 そのまま深呼吸を二回。なんとか苛立ちを抑えこんだ小夜は言った。

「……なんですかさっきから。ちょっとは黙れないんですか?」

「あ、ごめん。僕、黙っちゃったら息が止まるの」

 小夜のこめかみに、ぴき、と血管が浮かび上がる。

「うそうそ。そんなことないよ。頭が痛くなって動けなくなるだけ。びっくりした?」

 こめかみを押さえる小夜は口から細い息を吐き、隣の要を睨みながら言う。

「……言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうですか?」

「言ったところで、僕の言葉を信じてくれるのかな?」

「……内容によります」

「あ、そう。じゃあ言うけどさ、僕、その事件の犯人知ってるよ」

「……それは信じていいんですか?」

「ん? どう思う?」

 と要はにやにやしている。小夜は吹き飛びかける理性を必死につなめる。

「……やっぱりいいです。黙っていてください」

「あ、いいんだね。ちゃんとホントのこと言うのに」

 どうせその言葉も嘘だろうと小夜は何も返さなかった。もはや会話すらもわずらわしい。頭痛までし始めた気がする。

「大丈夫? やっぱ僕だけで行こうか?」

「いいえ、ご心配なく。あなたがしばらく黙っていれば治ります」

「だから、黙ったら僕は動けなくなるんだって。話聞いてなかったの? それともさ、その顔の横についてるのはただのかざりなのかな? それとも鼓膜こまく馬鹿ばかなだけ?」

「……」

 頭の血管が一気に収縮しゅうしゅくし、さらに頭痛がひどくなったような気がした。もう無視しようと小夜は決意する。

「じゃあそうだなー……。これはただのひとごとってことで勝手に喋ろうかな。小夜ちゃんはちょっと馬鹿だから聞こえないみたいだし。あ、鼓膜が老化ろうかしてるからだっけ? まあいいよね、どっちでも。僕の話を聞く気がないのは一緒だし」

 小夜は必死にふつふつとがる怒りを抑える。無視をする選択は間違っていたかもしれないと思った。隣を歩いているだけで、なぜこんなにも不愉快ふゆかいな気分にならなければいけないのか。仕事とはいえ、給料とは別に手当てあてが欲しいぐらいだ。

「あのね、その二人は“賭け”で負けたんだよ。同じ能力者に、二人とも」

 と要は言った。小夜は何も返さない。また何か言ってるなと思いながら、要の言葉を右から左へと聞き流している。

「あ、言っとくけど嘘じゃないよ。『信じ込ませる』能力も使ってないし。それに僕は、勝負の時しか嘘つかないんだ。特に、相手が同じ能力者の時しか……ね。ほんとだよ?」

 それも小夜は無視する。

「……」

 一貫いっかんして無視を決め込む小夜に、要は口を開けたまま目をぱちくりさせる。ここまで無視されるとは思っていなかったのだろう。

「……あのさあ、無視するのが一番悪いって教えられなかった?」

 要は少し首を動かしてわざと小夜の視界に入り込む。ち、と小夜は顔をしかめて小さく舌打ちをした。

「……おかねはらうんで黙っていてくれませんか? あなたの声を聞いていると脳の血管が切れそうです」

「うわ、ひどいなあ……」

 要はぽりぽりとほおく。

「さすがの僕でもそこまで言われたことはないなあ……。『クソボケ』とか『クソウソツキ』とか『死ね』って中指なかゆび立てられたりはあるけど……」

「あなたの嘘にはこれ以上付き合ってられません。もう喋らないでくれると助かります。非常に」

「だからって無視はひどいんじゃないかなあ?」

「しつこいですよ。言わせないでください」

「あはは。なんでそんなに怒ってんの? いやならだまってればいいんじゃない?」

「私が黙ってても、あなたは黙らないじゃないですか」

「うん。だって僕、口を閉じたら死んじゃうからねえ」

「……くだらない嘘はやめてください。はなほねくだきますよ」

「うわーこっわーい」

 要は目を細めてけたけた笑う。小夜はさらに頭痛が激しくなったのを感じた。

「一つ、教えてあげるよ。小夜ちゃん」

 要は指を一本立てる。

「僕は本当にその二つの事件の犯人を知ってる。これは、ウソじゃない」

「……その証拠は?」

 不機嫌な声で小夜は聞き返す。

 要は変わらず軽い調子で、

「だって」

 と挟んで、言った。

「だってその犯人、僕だもん。その能力者二人と賭けをして殺したのは、この、嘘つきの僕」

「……は?」

 思いがけない告白に小夜の足がぴたりと止まる。不思議なことに、同じタイミングで要の足も止まった。

 要は語り始めた。

「二年前はあのピエロの人でしょ? うん、覚えてるよ。『触れた生き物の未来を改変させる』っていう能力者だったなあ。

 場所は潰れた遊園地で……そんな相手と、なんでもありの殺し合いの勝負をしたよ。

 左手の指が根元ねもとからんでっちゃってねえ。そのあと目にナイフを刺されて、ミキサーみたいにかきまわされたねえ。あれはすごい痛かったよ。死ぬかと思ったね」

 要は笑顔のまま恐ろしいことを口にする。

「……で、そんな相手にどうやって勝ったかっていうとね、簡単だよ。死んだふりしてさ、後ろから頭を撃ち抜いたんだ。『常に相手のことが分かる』っていう対価の、僕のもう一つの能力ね。

 面白おもしろいのがさ、その人、ピエロの格好かっこうしてたのにピエロ恐怖症だったんだって。笑えるよねえ。あっはは」

 要は自然な笑みを浮かべて笑う。

「次は……ああ、『確率を操る』おじいさんだったなあ。うん、あの人は強かった」

 と言って、また語りだす。

「あの人との勝負は、リボルバー銃の弾をだんだん増やしていって、交互に撃つ。それだけ。リボルバーの装弾数そうだんすうは六発だから、どんな方法でも必ずどっちかは死ぬ。

 おじいさんは『確率を操る』なんて能力に加えて、部下の人が三人もいた。自分の番の時は、その部下に銃を向けてがねを引くんだ。あの人は勝負じゃなくって、遊んでたんだよ。人の命も自分の命も、全部おもちゃにしてね。

 僕は、両足りょうあしはら両腕りょううで……最後に頭を撃つって言ってその勝負をしたよ」

 要は静かに、捜査室が調査しても得られなかった情報を……嘘か本当か分からないことを淡々たんたんいていく。

「それでね、結局けっきょく僕は右足と左腕と腹に食らっちゃってさ。出血しすぎて頭は回らないし、口は動かないしでもうだめかと思ったね。なんとか勝つことはできたんだけど、そのあとにおじいさんの部下の人たちが襲ってくるし。それは一緒に来てくれた強い子にやっつけてもらったんだけど――」

「う、嘘はやめてくださいよ!」

 小夜は、はあはあと肩を揺らす。そんな痕跡があったなんて報告はないし、証拠も一切出てきていない。それぞれの現場にあったのは、およそ人間だったとは思えない死体と弾が入ったままのリボルバー銃。ただそれだけ。

 犯人に繋がる物など何一つ出てこなかったと聞いている。

 肩を上下させている小夜とは対照的たいしょうてきに、要は不気味ぶきみさを感じさせるような微笑ほほえみを浮かべている。

「嘘じゃないよ。僕にはこんな嘘つく理由がない」

「そ、それも嘘なんでしょう⁉」

「そう思うならそれでいいよ。僕は嘘つきで有名だし」

 要は黒い瞳を細める。

「どっちだろうねえ。僕は嘘つきだ、これはウソじゃない。ほんとだよ」

 と自称嘘つきは、そう言って笑いかける。

 小夜には、その言葉が嘘か真実か分からない。嘘だとしても、それは自称「嘘つき」が言った『嘘を信じ込ませる』という能力を使われているのか。

 それとも、彼が言ったことがすべて真実だとしたら……この男は、本当にただそう言っているだけの嘘つきなのだろうか。二人の能力者を殺害した本人の自白なのか、犯人と何らかの関係があるのだろうか。

 思考はぐるぐると回り続けるばかりで、答えの出口すらも見えず、出口があるのかすらも分からない。

 小夜には、何も分からなかった。

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