【嘘を吐く正直者】③

 目的地である捜査室が前方に見えてきた。すりガラス越しに何人かの背中が見える。午後の仕事に取り掛かっている捜査官たちだろう。

 と、部屋の扉が開いて中から誰かが出てきた。

「お」

 出てきたのは室長の照良だった。小夜の体が一気に緊張する。

「おつかれー」

「お、お疲れ様です室長……」

「うん。顔が引きつってる気がするけど、またなんかやらかしたんじゃないだろうなあ」

「そ、それは……」

 小夜は照良から視線を外しながら言う。いいタイミングと言えばいいタイミングだ。あの遺書のことを先に報告するチャンスである。

 しかし、報告したら頭に拳が飛んでくるかもしれない。言うのも恐ろしいが、黙っているともっとおそろしいことになる。

 小夜はごくりとつばを飲み込んで、声をしぼり出した。

「その、室長……」

「うん。どうした?」

「本当にすみません。要君の秘密が書いてある重要な証拠を、ただの紙くずにしてしまいました。本当にすみません!」

 言い終わると小夜は頭を下げるのではなく、ばっと反射的に両手で頭を守った。人間が本能的ほんのうてきに行う防御ぼうぎょの体勢である。

 頭を守って目をぎゅっとつむる。目の前の上司の顔はとても見られなかった。拳が飛んでくるか説教が飛んでくるか、小夜はこのあとの展開を一人で想像する。だが上司からの言葉は意外なものだった。

「あ、そう。それだけ?」

「え?」

 思わず目を開け、頭の上に置いていた両手をのける。

「やらかしたの、それだけ?」

「あ、そ、そうですね。緊急の報告はそれだけです」

 小夜は少しあわてながら言った。上司は怒っている顔でもないし拳を鳴らしてもいない。何かいいことがあったのだろうか。それならば悪寒おかんが走るほど不自然にニコニコしているはずだ。いったいどうしたのだろう。

「カナメくん、ちょっとりてもいいかなあ」

 と、照良は小夜の隣に立つ要をちらりと見て言った。

「やることがあるなら、それが終わるまで待つけど」

「いえ、彼との用事はもう終わりましたので」

「そうか。じゃ、カナメくんちょっといいかなあ」

 照良は捜査室の隣にある休憩所へと歩いていく。

「“じゃあまたあとでね、小夜ちゃん。終わったら連絡する”――から――さ」

 ザザ、というノイズを挟んで彼の声が切り替わる。照良について行く要の背中を、小夜はしばらく見つめていた。

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