その男、自称「嘘つき」

【その男、自称「嘘つき」】①

「うーん……」

 とあごに手を当てて声を漏らしたのは、上下を黒のスーツで固めた一人の女性である。若干じゃっかんおさなさの残るその顔立ちは、着ている服とのギャップをりにさせている。

 赤茶色の髪をポニーテールに結んでいるだけで、それ以外アクセサリーなどは一つも身に着けていない。化粧すら最低限だ。きっと道ですれ違っても、背伸びした中学生が大人の真似事まねごとをしているのだと思われるだろう。

 この女性は、異能力いのうりょく事件じけん専門せんもん捜査室そうさしつと呼ばれるとく調査ちょうさ機関きかん捜査官そうさかんいずみ小路こうじ小夜さよである。

 小夜はある施設の駐車場にめた自家用車の中で、開かれたファイルの資料とにらめっこをしていた。

 ことの始まりは二年前の六月十二日にさかのぼる。

 ある国の閉鎖された遊園地で、一人の男が無惨むざんな死体となって発見された。サーカスの道化師どうけしのような格好をしたその男の頭部とうぶは、大量の小さくて丸いたまのようなもので粉々に吹き飛ばされており、身元を確認するまでかなりの時間がかかったという。

 その国の捜査室の別支部は、すぐさま犯人を普通の人間ではない者たち……通称「能力者のうりょくしゃ」と呼ばれる人間たちであるとすぐさま断定だんていし、現場を隅々すみずみまで、それこそありをほじくる勢いで証拠を探したものの……何一つ出てこなかったという。犯人の靴の跡も、髪の毛の一本も、指紋すらも。

 それから一年後……去年の六月十日。また、違う国で不可解な事件が起こった。

 状況から見るに、同じく能力者がらみだとすぐさま調査を開始した。

 現場には合計四名の死体が転がっており、三人は眉間を撃たれ、死んだ能力者はみずからのこめかみを撃ち抜いていたのだという。

 それ以外にあったのは、弾が五発装填されたリボルバー銃と、壁に開けられた無数の弾丸の跡。そして床に転がった小さなから薬莢やっきょうが二つ。明らかにあらそったようなけいせきがあるものの、同じように犯人に繋がる情報は一切見つからなかったらしい。同じく髪の一本も、指紋の欠片かけらすらも。

 殺された能力者二人の名前とそれぞれが持っていた能力については、上司に聞いても「機密きみつ事項じこうだから無理」のいってんりで、最低限のことしか教えてくれなかった。

「……」

 小夜は一年前の事件の資料を見つめ、考えている。

 不可解ふかかいな点があった。

 死体の数と銃に入っていた弾の数に対し、転がっていた薬莢の数が合っていないのだ。

 死体は全部で四体。そのうち一人は自分でこめかみを撃っている。これだけでも不可思議なのに、一体いったいどういうことだろう。

 犯人は複数か、単独なのか。同じような事件が連続で起きているのに、犯人のことが何一つ分かっていない。

 実に奇妙きみょうで、なぞちた事件だった。

 小夜はファイルを閉じ、ここに来る直前にわした上司との会話を思い出す。


「……というわけでだなあ、全員バタバタしてて誰もいできねえ。悪いが一人でよろしくなあ。あ、これ事件のファイル。聞かれたらこれ渡して」

「分かりました」

「場所、分かるよなあ?」

「大丈夫です。他の方と何度も行ったことがありますので」

「よしよし。あの人にはもう言ってあるから、組合に着いたらまず受付うけつけに寄ること。次からは自分で連絡するんだぜえ?」

「はい。ありがとうございます」

「ああそれと。分かってると思うが、射殺しゃさつむなしだからなあ?」

「……はい」

「じゃ、気をつけてなあ」 

 そう言うと、上司はぶらりぶらりとどこかへ行った。


 上司の言葉を思い出す小夜の顔は暗い。

 小夜は資料を閉じ、ジャケットの上からホルスターないにある銃をでる。これを使わずにむよう、こころそこからそう願う。頭がはじけるところを見るのは、訓練用のマネキンだけで十分だ。

 小夜は息を吸い、吐く。そして意識を切り替える。

 上司に言われたのは、この施設に住むという『情報屋じょうほうや』なる人物に捜査協力をしてもらうこと。そしてた情報を上司に報告する。ただそれだけである。ここに一人で来るのは初めてだが、居住棟きょじゅうとうなら安全だと聞いている。『情報屋』はその奥に住んでいるという。何事もなければ数時間……もしかしたら数十分で終わるかもしれない。捜査室に戻ったら大量の事務処理が待っているが、それはひとまず忘れよう。

 小夜はもう一度深呼吸してから、車をりた。

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