第6話:絶望

眠ったのは、昨日と同じシャッターが半分ほど閉まった飲食店のドアの前だった。

同じ場所はヤバイかとも思ったが、ほかの場所はシャッターなどの目隠しがなく、眠ることはできなかった。

新聞配達人が来る前に起きて、ここから立ち去ろう。

そう決めて、うずくまったのだ。

朝が来て目が覚めても、まだ眠っているような、そんな冴えない感覚だった。

熟睡できずに朝を迎えたから。

あきらかに睡眠不足だったけど、新聞配達人が来る前に立ち去らなければならない。

「そろそろ行こう」

ミクが言ったときだった。

シャッターからもぐりこんで来る人影が見えた。

「きゃーっ!」と、叫ぶ声も出ない。

それは、相手も同じだったようだ。

でもなぜか、

「おはようございます」

という言葉が、ナツの口を突いた。

「…へっ…?」

ミクが驚いた顔でこちらを見ているのがわかる。

それでもナツはそう挨拶し、引きつった笑みを浮かべると、パッとミクの腕をつかんでダッシュした。

寒さが目に沁みて、無意識に涙が溜まり、自然に流れ落ちていく。

それでも、足は止まらない。

ヤバイ。

絶対に、ヤバイ。

2回目だし、あんなところで寝てるなんて、どう考えてもおかしいし!

通報される。

ケーサツにチクられる。

そしたら捕まって…家に連れ戻される。

それだったらいいけど、親に「こんな子いらない」って言われて、鑑別所だったけ?そんなところに入れられてしまうかもしれない。

どこまで走ったのか。

「…苦しい…ストップ…!」

ミクの言葉に、ナツの足は、ようやくゆっくりと速度を落とした。

上がった息を整えながら思うのは、「家出って、こんなしんどいの?」という疑問だった。

少女マンガやドラマの中では、いつも救世主が現れる。

神様みたいにやさしい人だったり、道を正してくれる正義の人だったり…

もちろん、ウリを強要するようなリアルなマンガやドラマもたくさんあるわけだけど、そういった類のものは読んだことがなかった。

教育熱心?な家庭に生まれたこともあり、そういうマンガやドラマは見たことがなかったから。

中3なのに、就寝21時。

起きているのがバレると、母親の気分によっては、叩かれ、殴られ、髪の毛を引っ張って引きずり回される。

そういう環境だったから。

「ナツ…?」

ふいに声をかけられ、ハッとして我に返ったとき、「やっぱり、あの家には帰りたくない」という思いがふつふつとわいてきた。

「よしっ、こうなったら、今日は熟睡できるところを探そう!」

はりきってそう言い、まずはビクビクしながら、商店街の近くに止めた自転車を取りに戻った。

警察は来ていないようだったし、大騒ぎにもなっていなかった。

よかった…

胸を撫で下ろし、夜に眠れそうなところを探した。

公園、橋の下、前に1泊した幽霊の出そうな体育館…

でも、どこもダメだった。

体育館は、ミクが嫌がった。

「絶対に、幽霊はムリっ!」

強い口調で反対された。

そして…

絶望が広がった。

思い浮かぶのは、商店街のシャッターが半分ほど閉まった飲食店しかない。

でも、もう、さすがにヤバイ。

お互い口には出さなかったけど、絶望していた。

「もう、21時かぁ…」

つぶやいたミクの声に、絶望という黒いカーテンが目の前を覆った。

家出…あっけなかったなぁ…

星の出ていない薄曇りの空を見つめたナツに、

「ねぇ、ナツ」

ミクが声をかける。

「ん…?」

「あのさぁ…」

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虐待アソートメント 夏川夏実 @natu-natu

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