第5話 全滅からの…商店街で眠る夜
「いまとか、いい感じの時間かも?」
ミクが、公園にある時計を見上げて笑顔で言う。
晴れ晴れとしたミクの顔が、まさか、一瞬で曇ることになるなんて、このときは想像もしなかった。
ある程度の確信があってのことだろうと思っていたから。
そして、ナツの中にも妙な確信ができていた。
暖房のかかったぬくぬくの部屋で、ご馳走を食べているナツとミクの姿。
ミクが連絡を取った相手は、少女マンガに出てくるような超イケメンで、アホ校イチのモテモテ。
いつの間にか、ナツとイケメンは恋に落ち、付き合い始める…
そんなところまで想像して、自分でもバカらしくなって心の中で笑ったが、まさか…
「…ナツ…、どうしよう…全滅だったんだけど…」
なんて、ミクに言われるとは、夢にも思っていなかった。
「…え…?嘘…だよね…?冗談だよね…?」
ミクのほうが年上なのに、尋ねる口調も、ついキツくなってしまう。
「…まじだよ…ごめん…」
しょんぼりしたミクに、かける言葉もない。
明日からどうすんのよっ?!という自分勝手な怒りと、明日からどうしたらいいんだろう?という不安な気持ちしかわいてこない。
私って、最低なヤツだ…ということは認識できるのに、やさしい言葉のひとつも浮かばない。
ミクは、なけなしのお金で、高価なおにぎりを2つも買ってくれたというのに…
言葉を失ったままのナツに、
「ホントごめんっ!でも、まだ終わりじゃないから!」
ミクが必死に言う。
「…終わりじゃないの…?」
「うん!ケイタイ持ってない子のほうが多いからさ、学校終わる時間とかに待ち伏せとかしたらいいと思う!」
「待ち伏せ…?」
ミクの言葉に、ナツは期待が持てなかった。
待ち伏せって、ビミョー…
絶対に成功する気しない。
そんなナツのカンは大当たりし、
「ミク、あんた家出してんの?留年決定するよ、まじ家に帰ったほうがいいって」
と言われたり、
「中3と一緒はヤバイだろ~」
と言われたり、
「ウリ(援助交際)でもやんの?やるなら、やばいヤツ知ってるし、紹介するよ?」
と、からかわれたり…
「もっとアホなヤツらばっかだと思ってたけど、なんか、思ってた反応じゃないわ。ホントごめん」
ミクは、アテにしていた子たちが全滅だったことを伝えると、アホ校の生徒の多くが利用する「吉本駅」のホームにうなだれて天井を仰いだ。
また、不安な気持ちが胸いっぱいに広がったけど、
「とりあえず、夜になったら商店街に戻ろう。昨日も寝たんだし、今日も寝れるよ。ねっ」
ナツは、できるだけ明るい声で言う。
自分よりも他人のほうが凹んでいるときは、意外と慰められるものなんだと、妙な気持ちが広がった。
「ナツ…」
ミクに潤んだ瞳で見られ、なんだか申し訳ない気持ちになる。
ミクは、こんな一生懸命に泊まるところを探してくれているというのに。
まったくアテもない自分が、ミクに「明日からどうなるの?」と、怒ったり不安になったりすること自体間違ってる。
「ごめんね。行こう」
ミクは申し訳なさそうにナツを見て立ち上がると、自転車にまたがって、後ろに乗るよう促す。
その日、どのように時間を潰したのかは覚えていないけれど、「明日からどうなるかわからないから」と、何も食べずに過ごして夜中に商店街へ戻ったことは覚えている。
そして、空腹で何度も何度も目が覚めて、朝が来たことも。
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