第3話:新聞配達人の寿命を縮めた日
駅前のすぐ近くにある商店街は、もうすでに真っ暗闇だった。
「昼間も薄暗いけど、夜はホント真っ暗だね」
「確かに。なんか、気持ち悪い~」
そう言いながら商店街の奥へ、ゆっくりと足を進める。
不気味なぐらいシン…としていた。
「なんかここの商店街、ヤクザが買ったとか」
ミクが突然言い出した。
「え?それ、ホント?なんか、私も親から聞いたことある…」
「ええっ?じゃあ、そんなところで寝ようって言ったの?ナツ、正気?」
苦笑いしながらミクは言ったが、
「なんか、ナツって、根性あるよね。寝てるときに、ヤクザとか出てきたらどうすんのよ?」
聞かれても、「あぁ…」と苦笑いするしかなかった。
単に、ミクに言われるまで、親から聞いた話なんて忘れていただけだった。
ナツは昔からビビリで小心者で、それでいて、そういう自分を知られたくないと思って生きている。
せめて、知り合ったばかりのミクの前では、ビビリで小心者の自分を見せたくないと思った。
学校も違えば学年も違う、住んでいる地域も違うミク。
だから、どうにかなるんじゃないかという期待があった。
知り合ってからファミレスでの話を思い返してみても、ミクがそれほど悪い人間には思えなかったし、スレているようにも感じなかった。
もしかしたら、ミクは自分と同じ「ビビリで小心者の部分があるのではないか?」とさえ思う。
「とにかくさ、今日は行くとこないし、今日だけでも商店街で寝ようよ」
ホントにヤクザが来るようなことがあるだろうか?
内心、ビクビクしながら、そんな言葉を絞り出した。
「…そうだね…」
急に小さくなったミクの声に、ナツの中の不安な気持ちが大きくなった。
どれぐらい中心部分に向かって進んだだろう?
シャッターが半分ほど閉まった場所があり、目を凝らして奥を見つめると、ずいぶん傷んだ人工芝が敷かれていた。
「ここ…お店、もうやってないんじゃない?」
勝手にそう判断した2人は、シャッターの下から奥に潜り込む。
すると、傷んだ木のドアにガラス張りのサンプルショーケースがあり、年季が入った食品サンプルがいくつか入っていた。
マジックで値段を訂正してあるものもある。
「よかった…ここなら寝れるね…」
2人はゆっくりとしゃがみ込み、冷たくて硬くなっている人工芝の上にお尻をつけた。
「はぁ…、なんか、疲れたね…」
そう言いながら、結局眠れずにいろんなことを話して、ウトウトできたのは朝方。
ふわっと意識が遠のいて、「もしかしたら眠れるかも?」と思った瞬間だった。
「うわぁっ!」
男性の、ものすごい叫び声とズサササっという音が聞こえて目にしたのは、新聞を片手に人工芝ごと滑り落ちかけている新聞配達人の姿!
新聞配達人は、新聞を投げ捨てるように置くと、目にもとまらぬ早さで去っていったのだ。
ナツもミクも、まるで金魚の息継ぎのようにパクパクとした口が閉まらないまま顔を見合わせ、いまにも飛び出しそうな心臓を胸の上から撫で下ろした。
でもすぐに、
「これ…ヤバイよね…?」
お互いにそう言い合って、その場から立ち去る。
新聞配達人が、店の人に事情を話すんじゃないかと思ったから。
カラダは震えていた。
家に連れ戻される…それしか頭になかった。
いまから考えると、新聞配達人の寿命を縮めてしまった申し訳ない瞬間だったというのに。
商店街の出入り口を見ると、なんとなく明るいことに気づく。
「朝だ…!新聞配達って、意外と遅いんだね!」
ミクは嬉しそうにそう言い、商店街にある、大きな時計を見上げた。
「6時前か。この時間になれば、どこにいてもケーサツに捕まって連れ戻されることもないね」
ナツのほうを見て微笑んだ。
幽霊が出る体育館で寝たときは1人だったから1泊で限界だったけど、ミクがいてくれたら、全然心細くない。
ナツも満面の笑みを浮かべ、
「うんっ!どっか、行こう!」
ミクにそう言った。
行くあてなんて、ないのに。
それでも、昇ってくる朝日に、なんとなく気分が軽くなった。
自由になれる。
そんな気がした。
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