種明かし

 月がやせ細った頃。


 由景の屋敷は中流貴族の邸宅が並ぶ一画にある。


 そこに訪ねて来たのは友人の章定あきさだだ。

 馴染みの女房に案内され由景の部屋に入った章定は所狭しと並んでいる馳走の数々を見て目を丸めた。


「どうしたんだ、由景。宴会でも始めようというのかい」


 由景は既に酒を始めていたようで、ほんのり顔が赤くなっている。


「章定。そうだよ、今夜は宴会だ。まぁ、座れよ」


 由景の隣に置かれた円座に座った。ちょうど馳走を挟んで外を臨むようなかたちになる。


「今夜の月はだいぶ痩せてはいるが、はっきりと見えて悪くはないだろう」


 由景は章定に酒を勧める。それを遠慮なく貰い一口含む。


「良い酒だな」

「そりゃあ、大臣家の婿殿から賜った酒だもの。上物だろうよ」


「例の琴の君の元恋人かい」


「貴方が捨て置いた女君がそのうち悪霊になってやってくると言ったら、幾らでも褒美をやるから祓ってくれとのたまったものだから、だいぶ吹っ掛けてやった。まぁ、婚家に知られずに解決してやったのだから、これぐらいは当然だろう」


 由景は酒を煽った。


「君が荒れた屋敷から聴こえる箏の噂を教えてくれたから彼女を救えた。持つべきは情報通の友だな」


「役に立ったなら良かった。けど、今回は随分時間を掛けたじゃないか。祓うだけならそう時間は掛からないのだろう」


 章定は由景の空になった杯に酒を注ぎながら尋ねる。


「まだ悪霊になる前の霊だったから問答無用に祓うのは躊躇われたし、箏を弾く姿が余りにも美しかったから」

 由景は何でもないことのように言う。


「一目惚れってやつか」


 章定の言葉に杯を傾けようとした手が止まった。


「哀しみを抱えたまま次の世に送りたくないと思っただけだ」

 由景は杯の酒を眺めながら、ぽつりと言った。


「しかし、月夜毎に彼女の所に通って、少しずつ浄めの香を浸透させてってなかなか出来ないって聞いたぞ」


「……あの爺に聞いたのか」

 嫌そうな顔をする由景に章定は平然と言う。


「この間ばったり会ってな。お前を心配してた」


 それを聞いた由景はさらに苦虫を噛み殺したような顔をして「あれは面白がっているだけだ」と言い捨てた。


「いくら浄めの香があったとて、死霊と長時間接触したり、ましてや、褥を共にするなんて自殺行為だと言っていた。だいぶ無理をしたのだろう。こんなに痩せてしまって」

 由景を見て諌めるように言う。


「あの爺はどこまでお見通しなんだか……まぁ、生命力が奪われるからやつれはするが、死にはしないさ。それこそ爺の血のお蔭でこの手の回復は早いんだ」


「流石、稀代の陰陽師、安倍晴明の孫と言ったところか。けれど、そこまでしたのは矢張り惚れたからなんだろう」


 再度問うと、由景は観念したように言う。


「少しの間だけでも情を交わしたいそう思ったんだ」


 由景は遠い目をして細くなった月を見上げた。


 しばらくの沈黙のあと、章定は慰めにならない慰め言葉を掛ける。


「次の恋人は死霊じゃなきゃいいな」


「どうだろう。次は生霊かもな。」


 章定の方を向いて、にやっと減らず口を叩いた由景は「取りあえず食べよう」と目の前の馳走食べ始めた。


 章定もそれに続いて箸を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月下佳人〜箏の音に秘められし恋〜 万之葉 文郁 @kaorufumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説