ファイル44恋心窃盗事件―お忍び平民街③―
チリンッ――
高い音のドアベルが鳴る。
宝飾店パールラントの店内は、高級感がありながらも、どこか親しみやすい温かな雰囲気だ。
わずかにオレンジがかった白の壁がその雰囲気の要因だろう。
「いらっしゃいませ。何かお探しのお品物は、お決まりでしょうか?」
店員が、声をかけてきた。ダークブラウンの髪を後ろでまとめた美しい女性だ。
この国には珍しく、黒のパンツスーツを着ている。
「あ、ごきげ」
「こんにちは。外から見て素敵な店だったから入らせてもらったんだ。彼女に似合うものを選びたいと思って」
「なっ」
いつものように貴族街の宝飾店の人に挨拶しそうになったアイリーンを抱き寄せ、エドガーが店員に応える。
「まぁ! 彼女様への贈り物! 素敵ですね。こちらへどうぞ」
エドガーと捕まったままのアイリーンは、宝飾品の飾られた奥のカウンターへと案内される。
エドガーの目配せで空気を読んだアーサーとマギーは、それっぽく他の商品を見ながら、アイリーンとエドガーを観察する。
「アクセサリーの種類等はお決まりですか?」
「特に決まってないね。リーンはこの中でほしいものはある?」
「ふえっ!?」
未だ混乱で放心状態だったアイリーンが奇声を上げる。
(い、一体何故こんなことに!? で殿下がプレゼントしてくださる!? 彼女!?……ん?)
いつの間にか宝飾品を選んでいる現状に、衝撃を受けていた彼女だったが、ふとあることに思い至った。
(ちょっとまって……殿下は私を彼女だとは言ってないわ。殿下には好きな方がいる。と、言うことは……これは好きな人へのプレゼントね!! 同性の私の意見を参考にするということね!!)
そう考えたアイリーンは、急に緊張から解放された。
そして満面の笑みでエドガーを見る。
(きっと素敵な彼女例えば、ベリンダとか、そんな方に贈るのね! 失敗は許されないわ!)
ぐっとやる気に満ちた目をするアイリーン。
(アイリーン、そんなに喜んでくれるなんて、可愛いなぁ)
エドガーの方は、アイリーンのキラキラした瞳にご満悦である。
二人のすれ違いは止まらない。
「ネックレスやイヤリングはいかがでしょうか?最近ではブレスレットも人気です。こちらの宝石が暖色系になります。ガーネットやルビー、ローズクォーツ、そしてトパーズ。どれも自慢の品ですが、中でも人気なのは、現王陛下が、妃殿下に贈られたトパーズですね」
店員がガラスケースに入ったトパーズを見せる。
「二人の仲の良さにあやかって求める方が多いのです」
そう店員に言われたエドガーは、「ははは、そう、なのか……」と渇いた笑いを漏らした。
それからもそれぞれのジュエリーについて説明を受ける。
店員はアイリーンの赤い髪を見て選んでいるので当然だが、ゴールドの装飾が施された暖色系の宝石を勧められる。
さらに若いからという理由もあるのか、比較的手ごろな値段の普段使いできるアクセサリーが多かった。
ただ一つ、店員はこの店で最も高級だという宝石を見せてくれた。
「こちらのイエローダイアモンドは、色も形も大きさも素晴らしい最高級の逸品で、この店を出す前に親族から譲り受けた非売品なのです」
厳重な箱から取り出された、目を見張るほどまばゆい逸品に、アイリーンは思わず感嘆の声を上げた。
「わあ! 素敵!」
「本当にきれいだ……王宮に献上されるような品みたいだね」
「ええ。その予定で磨かれた宝石でございました。しかし強欲な貴族に狙われて、抵抗した曽祖父はこの石を守って亡くなりました。以来、いつか王族の方に献上できるようにと一族で守っていた品です」
「そうなの……とっても素敵な宝石なのに少し悲しいお話ね。そんな貴重なものを私たちに見せてよかったの?」
「ふふ。私にもわかりません。お二人方が素敵でしたので、どうしてか見ていただきたくなりました。けれど、この石があることは内密にお願いします」
「ああ。他言はしないよ」
「もちろん! 見せてくれてありがとう」
アイリーンとエドガーは店員を安心させるように微笑んだ。
店内をくまなく見せてもらったアイリーンとエドガー。
エドガーはアイリーンに尋ねた。
「リーン、どう? 気に入ったものはあった?」
店員のセンスはよかった。
相手がアイリーンなら完璧な選択であり、現に彼女の欲しいと思えるものが沢山あった。
しかし、やはり暖色が多かったことから、プレゼントの相手は銀髪のベリンダだと勝手に思っているアイリーンは、使命感に溢れたキラキラとした瞳で言った。
「エドが似合うって思ってくれたものがいいな」
エドガーは少々面食らった顔をして、再度彼女に確認を取る。
「僕が選んだものでいいの? リーンが好きなものを選んでいいんだよ?」
「いいんです。だって――」
アイリーンは言葉を切ると、エドガーを見て頬を染める。自然と上目遣いになる彼女に、エドガーの喉がごくりと鳴る。
「だって、好きな人が選んでくれるのが、一番嬉しいです」
「そ、っか……」
あっけにとられた様子で固まったエドガーだったが、すぐに頬がうっすらと紅色に染まる。
離れて様子を見ていた、アーサーとマギーも目を見開いた。
(アイリーン大胆!)
エドガーが顔を手で隠していると、不思議に思ったらしいアイリーンが小首をかしげてエドガーの顔を覗き込む。
「? エド? どうかしました?」
「い、いや。何でもないよ。……それじゃあ、僕が選ぶね」
「お願いします」
「うん。これにするよ」
エドガーが手に取ったのは、深紅のルビーをハートモチーフに埋め込んだイヤリングだった。
ルビー自体は小ぶりだが、値段のわりに質の高いものだ。
貴族であることを悟られないようにするには、ぎりぎりのラインと言える。
これで店員は、エドガーを大きめの商家の跡取りとでも思ったのではないだろうか。
綺麗な箱に包まれ、包装されたそれを受け取って、彼ら四人は宝飾店パールラントを後にした。
迷探偵令嬢は怪盗プリンスを捕まえたい! 七戸光 @nanakopiyopiyo
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