第4話 黒神のママは語る

「いやあ、本気でお姉さんかと勘違いしてしまいました。まさかママだとは。でも勘違いするのも無理はありませんよ、その若さといい、美しさといい」

 

 ここは黒神の住んでいるタワーマンションの一室。

 ダイニングテーブルの上には出来たてのホットケーキと淹れたてのコーヒー。


 ボクは黒神のママを褒め称えた。 

 黒神のママの第一印象は黒神小雪が大人になって愛想よくなった感じ。

 艶のある長い黒髪に百万弗の笑顔。

 そんなママにボクのハートはドキドキドン!

 倍率ドン!

 さらに倍!

 

「ちょっと、人のママをいやらしい目で見ないで。それに見え見えのお世辞。ママ、コイツの言うことは真に受けちゃダメなんだから」

 隣りに座っている黒神は呆れながらボクを小突いた。


「心外な。ボクは思ったことを正直に言ったまで。それにこのホットケーキの美味しさときたら。こういうシンプルなのは誤魔化しが効かないんです」

 ボクは蜂蜜とバターがたっぷり乗っているホットケーキを口に頬張った。


「フフ、お世辞でも嬉しいわ。原くんって面白い人ね。この子が友達を連れてくるなんて初めてかも。最近の小雪ったらウチであなたの話ばっかりしているのよ、フフ」

「ママッ!?」

 ママの言葉に焦る黒神。


「それはどんな話なのか気になりますね。でも大体の予想はつきます」

「そんな事より早く本題に! ママッ、教えて。男女ペアでレポートすることになった歴史や由来を」

 黒神は話題転換に必死だった。


「ママが入学した時はね、男子と女子はケンカばかりしていたの。でもそれは心底から憎み合ってたわけじゃなくてね。本当はお互いに仲良くなりたかったんだけどその方法を知らなかっただけ。それを見抜いた担任の先生がきっかけを与えさえすれば良くなると思って始めたのがこの男女ペアでレポート提出する制度よ。今でも続いていたのね」

 ボクの正面に座っているママは懐かしそうに語った。


「ねえママ、それでその制度は上手くいったの?」

「ええ、それがきっかけでママはパパと結婚したんだから」


「「えぇ~~っ!?」」

 ボクと黒神は同時に驚きの声を上げた。

 その後、惚気話をたっぷりと聞かされた。


「だからいずれは小雪と原くんも結婚するかもね、フフ」

「絶対にありえない! こんな奴となんて」

「フフ、照れ隠しだから気にしないで。で、原くんは小雪のことをどう思っているのかしら?」

 ママからのいきなりの質問。

 ここは誠意を持って答えたい。


「ええ、最初はクラスでも浮いていてちょっと怖そうで取っ付きにくそうな感じでした。パートナーに決まった時はどうしようかと。でも顔は美形だからあわよくば、なんて。でもこうして一緒にいるうちに段々とハートがドキドキドンって、イテテテ」

 正直に答えていたら隣の黒神から二の腕を思いっきりつねられた。


「フフ、正直なのはいいけど正直すぎるのも困りものね。小雪は成績優秀で運動神経抜群。だからこそ周りへの振る舞い方に気を付けるべきだったの。少し歯車が狂うと元に戻すのは厄介。でも小雪が変わるきっかけを作ってくれたのは原くん、あなたのおかげ。これからも小雪をお願いね」

「はい、お任せください。ロマンチックなお話も聞けたし後は黒神がレポートを仕上げるだけ。そろそろお暇します。ホットケーキとコーヒー、ご馳走様でした」

 そう言って席を立とうとしたら黒神に腕をつかまれた。


「なに寝言を言ってんの。ワタシだけに仕事を押し付けて。これから二人でレポートを仕上げるのよ。返事は?」

「はい」

 ボクの仕事押しつけ作戦は大失敗に終わった。


 **********


「今日は夕飯までご馳走になってスミマセン。このカレーライスは本当に絶品でした。コクが有るのにまろやかといいますか。カレーの奥深さを思い知らされました」


 あれから数時間かけて何とかレポートを仕上げた。

 すでに夕飯時になっていたので帰ろうとしたら、原くんの分も作ったから遠慮せずに夕飯をご一緒に、とママからのありがたい言葉。


「普通は遠慮するでしょ。おかわりを三回もするなんて信じられない」

 呆れた表情で黒神は言った。


「フフ、小雪の言葉は照れ隠しだから気にしないでね。それにしても食卓に男の子がいるといつもと違ってにぎやかで楽しい雰囲気になるわね。ねえ、原くん。よかったらまた遊びに来て」

 ママは慈愛あふれる笑顔でそう言った。


「はい、ご迷惑でなければまた近いうちにお邪魔します」

 人の厚意を無駄にしたくはない。


「これでモンブランの貸し借りもなし。レポートも仕上がったんだからアンタとの縁も切れた。せいせいするわ」

「小雪ッ!!」

 憎まれ口を叩く黒神をママが叱った。


「いえ、ただの照れ隠しなので気にしていません。今日はご馳走様。長々とお邪魔してスミマセン。それじゃ黒神、また明日」

 ボクは黒神に向かって別れの挨拶をしたが、彼女はプイと横を向いてしまった。

 機嫌が悪そうだったのでその日はもう退散した。


 ボクとしてはレポートも完成したし絶品のカレーをご馳走になったのでご機嫌で家に帰った。

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