ビターエンドから始まるラブコメ(甘い)

祭田秋男

第1話

 この世界には魔王が

 数多の魔族を率い、暴虐の限りを尽くした人類にとっての恐怖の象徴。しかし今、その存在はこの世から消えようとしている。

 ……俺たちの目の前で。



「ようやく終わったわね」


「…………」


「ちょっと、ジン! まだ死ぬには早いわよ!」


「…………なんだよ?」


「……こんな時に無言はやめてよ。寿命が縮まるじゃない」


「疲れたんだよ。あいつと戦い始めてから何時間経ったと思ってんだ」


 俺は隣で倒れている勇者様――エリーに苦笑いで返す。

 それにしてもあの戦闘の後なのにまだ大声が出せるとは。さすがは我らが人類最後の希望……タフだな。


「それに寿命が縮まるって言うけど、俺たちもうダメだろ?」


 その言葉は疑問形で口にしたが、俺たち二人がここで終わりなのは明白だった。

 この場に援軍が来ることは望み薄だし、仮に来たとしてもどうしようもない。なぜなら俺たちは死を代償とする魔術――禁術を使ったからだ。


「……そうね。まあでも、おかげでなんとか相打ちまでは持っていけたし、あの魔王相手に私たちの命二つなら安いもんじゃない?」


「違いないな」


 人類と魔族の争いは苛烈を極め、俺とエリーを含めた勇者パーティーは少数精鋭での奇襲作戦に挑み、それを無事に完遂した。




「ああー、ビターエンドかー」


「……急にどうした?」


 俺は、横で手足をじたばたとさせながら叫ぶエリーを気味悪げに眺める。


「なによ、そんな人をアンデッドモンスターでも眺めるような目で見て!」


「いやどっちかというと……前に水上都市で見た、陸に打ち上げられた人面魚をイメージしてたわ」


「あれを!? もっとひどいじゃない!!」


 俺の言葉で先ほどよりじたばたを強めたエリー。しかしさすがに疲れたのか、気を取り直したように話を続けた。


「今の私たちって、絵本とかの物語に例えるならビターエンドだなーって思ってさ」


「……確かにな」


 勇者であるエリーを主人公として、俺たちは確かに魔王を倒した。けど、主役である彼女も助からない。世界は救われたが主人公は帰ってこない。

 なるほど。確かに苦い終わり方だ。


「勇者としてみんなの期待を背負って戦い続けてきた。そんな生き方も思ったよりは悪くなかったけど、できるならもっと……」


 「普通に生きたかった」そう呟き、エリーは禁術の代償で、徐々に光の塵となり消えていく自身の右手を見つめる。


 俺はそんな弱々しいエリーの姿を何度か見たことがあった。

 普段は勇者として振る舞い人に弱みを見せないが、彼女と親しい者たちは知っている。人類最強と言っても中身は年相応な女の子だということを。




 十年前。

 幼なじみである俺たちの村が魔物に襲われ、エリーが勇者として覚醒したあの日から、彼女を主役とする物語は始まった。


 俺も最初は勇者と同じ村にいただけの普通の村人脇役だった。

 重責を負わされた幼なじみを支えることを目標に故郷を旅立ち、ひょんなことから幻の秘境にたどり着いて、飲んだくれ仙人に才能を見出された。そして、仙人に継承される百の秘術を極め、史上六人目の『百式総極天仙ひゃくしきそうきょくてんせん』に名を連ねることができた。


 それから人里に戻った俺は、勇者パーティーに入る推薦権を得るため貴族社会に取り入っていった。その中で武力を買われ、公爵からの推薦で勇者パーティーのメンバーを選抜する試験に参戦し無事に選ばれ、エリーと再会した。


 あの時の彼女の嬉しそうな笑顔と涙は、たとえ死んでも忘れられない、そう思えるほどきれいだった。


 そこから俺たち勇者パーティーは、魔王軍との戦いのために世界各地を飛び回った。

 癖のあるパーティーメンバーばかりで最初は上手く回らなかったが、……いや今もたいしてうまく回ってないか。それでも全員が自分の役割を果たしたから魔王討伐をなせた。



「――ジン」


「なんだ?」


 これまでの人生を振り返っているとエリーに名を呼ばれた。


「私、ジンと一緒にいられて良かった」


「……おう」


 普段なら茶化す場面だが、最後ばかりはそんなことも言ってられない。

 というか禁術の代償を受けて消滅する前に、魔王との戦闘で負った傷で死にそうだ。エリーの言葉も意識がおぼろげで聞き取りずらくなってきた。


「私を心配して追いかけてきてくれて本当に嬉しかった。ジンがいたから私はここまで頑張れたのよ」


「…………」


 もはや返事もできない。身体中が痛いくらいに寒いし、おまけにひどい眠気だ。このまま早く楽になりたいと身体が訴えている。それでも俺は必死に意識を繋ぎ留め、彼女の言葉に耳を傾ける。


「もし……来世があるなら、もう一度ジンと会いたいな。私、あなたのことがずっと――」



 完全に視界が闇に閉ざされた。

 最後に聞こえた言葉は、俺がずっと彼女に伝えたかったことと同じだった。血の流し過ぎで聞こえた幻聴かもしれない。それが確認できなかったことに悔いが残る。


 あいつは俺のおかげで頑張れたと言っていたが、それは俺のセリフだ。

 何もできないただの村人だった俺が、ここまで頑張れたのはあいつのおかげだ。あいつを助けたかったからここまでやってこれた。


 エリー、俺はお前のことがずっと……




     ☆




「……眠い」


 俺は、車の行き交う交差点で信号を待ちながらあくびをかみ殺す。


 今朝は、カラフルな天狗の面をつけた者たちと組み手をするという珍妙な夢を見た。

 幼いころからよく天狗の夢を見ると言うと友人たちは笑うが、俺としてはこの夢を見ると妙な安心感と懐かしさを覚えるので、いつも悪い気はしなかった。


「にしても、十対一は卑怯だよな~」


 夢の中でハイテンションな天狗たちに包囲された自分を思い出して、思わず苦い笑みが漏れる。

 

「水の弾丸を風の斬撃ざんげきで相殺して、右脚の蹴りをかわしつつ分身したあいつを……」


「おはよ、じん! ……って何してるの?」


 天狗たちとの戦いの続きを頭でシュミレートしていると、後から聞きなれた声がかかる。


「おう、恵理えりか。ちょっと天狗との組み手をシュミレートしててさ」


「また天狗? ほんとに好きよね。いっそ仙人にでもなったら?」


 そう言って、同じ高校の制服を着る幼なじみは、冗談交じりでやれやれと呆れたように首を振る。


「勉学を捨て、山にこもり、武術を極める。それもまたよかろう」


「フフ、何よそれ」


 俺が鼻を伸ばすジェスチャーをしながらしわがれた声を出すと恵理はおかしそうに笑う。


「――!」


「な、なによ急に?」


 笑っている幼なじみを見ていたら、ふと既視感のある光景が脳裏をよぎり、反射的に近づいて顔を覗き込む。

 恵理は俺の視線に居心地悪そうにもじもじとしていて、顔が心なしか赤いような……


「いや、一瞬頭に恵理の笑顔が……」


「な、なによ。急に真剣な声で変なこと言って……もしかして」


 何かを期待するようにうるんだ瞳で上目遣いをしている恵理。


「それが鎧姿で満面の笑みでさー」


「ちょっと!? 私、ボディビルダーじゃないんだからそんなにムキムキじゃないわよ!!」


「いやいや、鎧って筋肉の鎧って意味じゃねーよ!」


 俺は、女性らしい華奢な二の腕で力こぶを作りながら抗議する恵理をなだめつつ、先ほど浮かんだ光景を思い出す。


 髪と瞳の色が違うが、恵理とそっくりな女性は、まるで物語に登場する勇者のように凛々しい姿だった。そんな彼女が心の底から嬉しそうに笑っていた。その目元にはかすかに涙さえ浮かんでいて、俺はそんな彼女がすごくきれいだと思った。


「なによもう……期待した私がバカみたいじゃない」


「ん? なんか言ったか?」


「何でもない! ほら、ボーっとしてると遅刻するわよ」


 俺たちはそんないつも通りの平和な会話をしながら、遠目に見えてきた校舎を目指し、歩みを進めた。

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