第二章⑩

――コンコン。ノックと同時に、部屋の扉が開いた。

「サフィニア様、手当ては終わりました?」

 ひょっこりと顔をのぞかせたのは、ヨハンだ。

「ヨハン……せめて、返事を待ってから扉を開けて下さい」

 サフィニアは笑顔を消し、咎めるような視線をヨハンに向ける。だが、ヨハンは動じた様子もなく笑顔を見せた。

「あ、すみません。でも、上手にできたみたいですね。うん、さすが。器用なもんだ」

 さりげなく薬箱に薬をしまうあたりに気遣いがうかがえて、マローネは参考にしようと心の中に書き留める。

 一方ヨハンは、薬箱を持ち上げたまま、なぜかマローネとサフィニア、ふたりを見比べて動かない。うーんと唸ると「やっぱり、気になる」とサフィニアの方を向いた。

「なにが気になるのです?」

 訝しむサフィニアに、ヨハンはマローネを指さした。

「マローネちゃんが、こんなニコニコしてるんですよ!? 絶対、なにか喜ばせるようなこと言いましたよね?」

 半月経って去る人間の顔ではないと言うヨハンは、するどい。だが、サフィニアはうるさそうに顔をしかめると、だんどおりの口調で告げた。

「別に……試用期間をしゅうりょうし、見習いとして採用しただけです」

「……は? 正式な護衛騎士じゃなくて、ですか? マローネちゃん、いいの?」

 思ってもみなかったとばかりにヨハンが目を丸くして振り返る。

「はい!」

「うーん……本人が納得してるなら、いいか。じゃあ、護衛騎士見習いさんは、オレについてきてもらおうかな! お疲れのサフィニア様にお茶を入れて、お持ちするんだ」

 サフィニア様の好む葉を教えてあげようと言われ、マローネは「ぜひとも!」とすぐさま飛びついた。

「急がないので、こぼさないようにして下さい」

 サフィニアからは、子どもにするような注意をされつつ一時部屋を退出する。そしてヨハンの後に続くと、再度尋ねられた。

「あんなにこだわってたのに、本当に見習いなんてわけの分かんない扱いでいいの?」

 主の前では言えないと思ったのか、部屋を出てから真意を確認してくれるが、マローネの答えに迷いはない。

「サフィニア様の、護衛騎士見習いがいいのです! ……いずれは正式な護衛騎士として、 剣を捧げたいとは思いますが……。それは、サフィニア様がわたしという存在を本当に受け入れてくれた時です」

 サフィニアをかすように「騎士にしてくれ」と迫るマローネを見ていた彼も、だいぶヤキモキしていたことだろう。

「ヨハン殿にご指摘いただいたおかげで、わたしは自分の所業を顧みることができました。 ……無神経さを反省するばかりです」

「いや、言うほどひどくはなかったよ? ……少し、うっとうしいかな〜ってだけで」

「うっとうしい……」

 笑いながら先を行くヨハンは、かたしにマローネを見た。

「オレは正直嬉しいよ。君がサフィニア様のそばにいてくれると」

「ありがとうございます! これからも、よろしくお願いします!」

「うん、よろしく」

 ヨハンは人好きのする笑顔で答えると前を向いた。

「――……でもさ、見習いでいいなんて……あんまりゆうちょうでも、こっちが困るんだよね」

「……え?」

 おんな声音にマローネが声を上げると、振り返ったヨハンは見たことのない冷たい目をしていた。

「君は、ずっとあの方のそばにいてくれよ?」

「もちろんです。……ヨハン殿、なぜ、急にそんなことを?」

「言っただろう、君のことは個人的に応援してるって。……オレは、君があの方に必要な存在だって思ってる。だから、見習いで満足して欲しくない」

 もっと、絶対的な関係が必要だというヨハンは、どこか焦っているように見えた。

「ですが、わたしはサフィニア様の心を大切にしたいのです」

「――そっか。……君ならきっと、それができるんだろうな」

 

マローネの答えにハッとした顔になったヨハンは、苦笑とともにそうめくくった。

「変な話をしたね。君は、オレとは違うのに。せっかくできたこうはいだから、ついつい熱くなっちゃったよ」

 これ以上は追及しないでくれと言いたげに笑い、ヨハンは背を向けて歩き出す。たけおおはばに違うため、ぼーっとしていると置いて行かれると、慌てて追いかけたマローネだっ たが、――胸の中に、まるで小石を投げ込まれたかのように小さなもんが広がった。




※この続きは、2020年12月15日発売のビーズログ文庫で!

サフィニア姫の秘密が暴かれ――美人のぐいぐい迫る様が最高に萌えます★

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偽り姫の仮護衛!? ワンコ系少女騎士はワケあり主に(密かに)溺愛されています 真山 空/ビーズログ文庫 @bslog

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