第71話 自分自身の言葉で

「えっと、それでこれから私はどうすれば……」


 詩織さんの家に戻る最中に、役割を終えたのか“私”が胸の奥に戻り、いつもの私へと戻っていた。

 さっきまでの“私”の口調に口が馴染んでしまっていたのか、少し違和感を覚えたが、気にせず私は真横に座る“先生”に質問をした。


 そんな私の言葉に“先生”はコクリと頷き、視線をテーブル向かいの詩織さんへと向ける。

「そうね、まずはそこから話し合いましょうか。そのつもりで、昨日私に電話をかけてきたのでしょう?ね、詩織ちゃん」

「やっぱり“先生”には敵わないなぁ……」

「えっと……?つまりどう言うことですか?」

 大きくため息をつきながら、困り顔をする詩織さんを横目に、何がなんだかわからない様子で“先生”の方を向きながら再び質問をする。

「あのね、しおりちゃん。よく聞いてね?」

「はい……」

 肩をガシッと掴まれ少し怖かったが、この人が安心できる人だと“私”が教えてくれた。

 なら、きっと平気なのだろうと、一瞬強張った体を少しづつ解していく。


 そんな様子を感じ取ったのか、いつの間にか気を取り直していた詩織さんが軽く紹介をしてくれる。

「多分分かってると思うけど、昨日話した“先生”よ」

「挨拶遅れたけど、初めましてしおりちゃん。本名は宮原 靖子なんだけどこっちの詩織ちゃんからは“先生”って呼ばれてるわ」

「だって、いつまでたっても“先生”は“先生”でしょ?今更呼び方を変えるのも、変じゃない?」

「ふふふ。たしかにそうね。あっ、しおりちゃんはどっちで呼んでくれても構わないからね〜」

 続けて“先生”も自分で付け足すが、どこか浮かれてる詩織さんが茶々を入れる。

 そんな様子が微笑ましくて、私なんかが入る余地なんかないと、思ってしまった。


 同じ空間にいるのにどこか疎外感を感じてしまう。そんな嫌な感覚を長く味わっていたくなくて

「えっと、それで……宮原“先生”はどうしてここに……?」

 と、和気あいあいとしてる中に割り込んでしまった。


 私の言葉にピタリと談笑が止まる。胸がチクリと痛む。自分のワガママで二人を不快にさせてしまった、とまた自分を嫌いになりかける。


 けれど、二人は優しかった。

「あぁ、そうだったわね。えっとね、しおりちゃん」

「はい、何でしょうか……」

「私の所に来ない?」

 変わらずの笑顔で私にそう問いかける。詩織さんの方を見ても、笑顔だった。

「宮原“先生”の所……?えっと、それはどうしてですか?」

 どうして私が割り込んでも笑顔のままなのだろう、という疑問を一旦脇に置き、問われた内容を聞き返す。


 その様子に“先生”は首を傾げ、詩織さんは苦い顔をする。

「あれ?もしかして、詩織ちゃんってばまだ話せて無いの?」

「なかなか言い出せるタイミングがなくてですね……」

「……?」

 もしかして、聞いてはいけない質問をしてしまったのだろうか、と罪悪感が湧きそうだった。

 けれど、後悔する暇は無かった。

「あのね、詩織ちゃんは───」

「待って“先生”!!それは自分で話すから!ちゃんと、私から言わせて……」

「そうね。お節介が過ぎたわ。悪いクセね」

 むしろ、質問してよかったのではと思えるくらいだった。何故なら───


「あのね、しおりちゃん。私、本当は───」


 詩織さんの本当の姿を知れる事が出来たのだから。


 自分がいつのまにか親に捨てられて“先生”が経営する孤児院に高校卒業するまで暮らしていた事。

 そして“先生”に構ってもらえなくなってから、愛を求めて少しづつおかしくなっていった事。

 その結果、昨日の怖い人とも知り合いになり、私を拾ったのもその一環だった事。


 詩織さんがどんな人なのかを改めて知る事が出来たのだから。


「ごめんね、今まで黙ってて。ガッカリしたでしょ?せっかく私の事を憧れだって言ってくれてたのに……本当にごめんね……」

 私に何度も頭を下げる詩織さん。きっと私なんかでは想像できないくらい悩んでいたのだろう。痛いくらいに分かってしまう。

 私と詩織さんは似ているのだから。


 だからこそ、そんな詩織さんにイラつきを覚えてしまった。そしてそれは少なからず、言葉にも滲み出てしまい

「どうして謝るんですか?詩織さんが何か悪い事でもしたんですか?」

 と少し、“私”に似た口調になってしまった。

 それを聞いた詩織さんは弱気に拍車がかかり

「だって、しおりちゃんにずっと本当の私を見せてなかったんだもの……ずっと騙してたんだもの……」

 と、何度も何度もまた謝る。


 どうしたらいつもの詩織さんに戻るのだろうと私は悩んだ。

“先生”は何も言わず、黙って私が動き出すのを待っていた。まるで、全てを見通してるかのように。


 そして奇しくも、詩織さんに掛けるべき言葉が浮かび上がる。

 きっと私だけが言える言葉。何度も、救ってもらったからこそ、掛ける事のできる言葉。



「私は騙されたなんて、思ってません。むしろ、更に憧れました!」

「憧れる……?こんな私なのに……?」

 ずっと俯いていた詩織さんが顔を上げる。泣いても尚綺麗な顔立ちの“憧れの人”。

 そんな彼女をしっかりと見つめて私は気持ちをぶつける。正真正銘、私自身の言葉で。

「だって、頑張れば詩織さんみたいに素敵な女性になれるんだって、分かったんですから!」

「しおりちゃん……!!」

「わぷっ……!」

 突然詩織さんがテーブルを乗り越えて思いっきり私を抱きしめてきて、思わず変な声が出てしまった。


 顔は胸に埋まり息苦しいが、それ以上にようやく詩織さんと一つになれた気がして、胸いっぱいである。

 そして“先生”の言葉にも───。



「ふふ、まるで歳の離れた姉妹みたいね」


 優しく私たちの行く末を見守ってくれたその人は、そう言うと書き置きを残してその場を後にしたのだった。

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