第68話 夢か幻か憧れか
私としおりちゃんのお父さんは二人して一人の少女を見つめて唖然としていた。
「ふざけんな!!!この子を馬鹿にすんのもいい加減にしろ!!!」
あまりにも、さっきまでの言動とは違う彼女に。
そしてそれは私だけでなく、目の前の男もであった。
「お、おい、しおり……?どうしたんだ急に……」
さっきまでの威勢のいい様子とは打って変わって、動揺を隠しきれていなかった。
けれど、そんな事はしおりちゃんには関係の無い事で。
「別に急な事じゃないよ。ずっと思ってて、ずっと潜んでて、今やっと言えただけ。“私”はずっとアンタの事が嫌いだったもの」
ズバズバと親である彼に厳しい言葉を口にする。まるで別人である。
『アナタは誰なの?』
二人の間に入って、そうしおりちゃんの姿をした彼女に聞きたかった。けれどすんでのところで、私は言葉を引っ込めた。しおりちゃんとの約束を破るわけにはいかなかった。
『見守ってて下さい』
そう、言われたから。
こういうこともあって、私は静かに二人のやり取りを見守る事にしていた。
どんなに男が自分の娘に憤っていても、だ。
「嫌いって……親だぞ!?俺はお前の父親なんだぞ!?そんなこと言われる筋合いがどこにある!!」
「親だから何?何しても許されるの?親だったら私の事を蔑ろにしていいとでも思ってるの?」
「蔑ろとか、そんなんじゃないだろ。生活だってさせてやってたんだし」
言葉遣いや口調が更に強気に、そして感情的になっていくしおりちゃんに何とか男は食らいつく。まさか、反撃されるとは思って無かったのだろう。
言葉に覇気が無くなってきているのが、その証拠だ。
けれど、しおりちゃんは更に追い討ちを掛ける。
「させてやってた?この子が自力で生きてきたの間違いでしょ」
きっと、かなり言葉を抑えてるのだろう。肩は震え、握りこぶしを作っていた為、必死に堪えているのが分かった。
けれど、男にはそれが見えていないようで、それ以上にしおりちゃんの発言の方が気になったようで
「ちょっと待て、この子ダァ?お前、しおりじゃないのか……?」
と、こんな事を聞いていたのだった。
その言葉に、呆れたように少女は声を出す。
「今頃気づいたの?自分の子供なのに。……本当にこの子の事、見てなかったんだね」
本当に今頃である。昨日今日と一緒に過ごしただけの私ですら、気付けたと言うのに。血は繋がっていない私が気付けるというのに。
そんな男に私は心底失望した。これ以上失望することなんて無いと思っていたから、驚きだ。
「そんなどうでもいいことよりお前は誰なんだよ!お前がしおりじゃないなら、一体誰なんだよ!!」
別人だと分かると、再び喚き散らすように怒声を上げる男。
聞きたい事はよくわかる。一体誰なのか、私だって知りたいのだ。
けれど、男の彼女への聞き方が悪かった。それは彼女の逆鱗に触れてしまい、
「どうでもいいって、言った?この子がずっと、ずっと悩んで、気にして、“私”を生み出すまでに病んで……。それを『どうでもいい』って言った!?それでよく親なんて名乗れたわね!!!」
と少しづつ、しおりちゃん本人の心の内を感情的に露わにし始めた。
しおりちゃんであっても、しおりちゃんじゃない。こう言ったところだろうか。
私はそう言った道の専門家では無いし、知り合いにいるわけでもないけど、私が想像出来ないほどの痛みや苦しみがたくさんあったのだろう。
そんな事を考えたら、我慢が効かなくなってしまい
「別に親になりたくてなったわけじゃねぇ!!お前が勝手に生まれただけだ!!!」
「……っっ!!!」
気付けば男に手を出してしまっていた。
食いしばっていた歯は痛く、頬を引っ叩いた手のひらがもっと痛くて、それ以上に心が痛かった。
「いい加減にして!!親になる覚悟が無くても、不本意に出来た子供でも、その子は親の愛が欲しいんです!親を求めて生まれてくるんです……っ!!それを『勝手に生まれてきた』の一言で乱雑に片付けないで!!!」
しおりちゃんの心中を考えながら、そして昔の自分が言いたかった事を吐き出していく。
けれど、彼には一言も響かなかったようだった。
「……ってぇなぁ。なんだ、コイツに情でも移ったのか?別にいいぜ?金さえ払うんだったら、今すぐにでもコイツを譲ってやるよ」
赤く腫れ上がった頬を抑えながら、下衆な笑みを浮かべる男。その姿に父親の姿なんてものは無く、しおりちゃんをモノとしてしか見てなかったのだな、と感じた。
必死に彼に認められたくて、頑張っていたしおりちゃんにとってそれはあんまりではないか!!
こみ上げる怒りを抑えられず、私は大きく腕を振り上げる。
そしてそのまま、男の腫れてない方の頬目掛けて腕を振り下ろす。
「アナタねぇ……!!それでも親───」
私の怒りが男にもう間も無く当たる、その刹那の事だった。
夢か幻かと思った。
「いいわ。いくら払えばよろしいのかしら?」
「「……え?」」
いつからこの場にいたのか、どうしてこの場にいるのか分からなかった。けれど、私は感謝しない訳には行かなかった。
───ありがとう、“先生”
いくら歳を取っていても理路整然とした様子の一人の女性の姿は、私が憧れていた姿そのものだった。
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