第67話 これ以上、私を馬鹿にしないでよ!!

「しおりちゃん、本当に大丈夫なのね?本当に見ているだけでいいのね?」

「大丈夫です。私一人で解決してみせます」

「無茶だけはしないでね?いざという時は……頼ってね?私はいつでも味方なんだから」

「……ありがとうございます、詩織さん」


 でも、それじゃあダメなんだ。詩織さんの力を借りては……。わたしひとりで乗り越えないと……。


 食事を終わらせると、私は詩織さんを連れて“あの人たち”が住む家へとやってきていた。この時間なら確実に家にいると知っていたから。

 意外にも詩織さんの家から“あの人たち”が暮らしてる家はさほど離れていなかった。歩いて数分したら到着したのだ。

 こんなにも近くに日常的に詩織さんは居たのだと、気づかされる。


 家のチャイムを鳴らす前に看板の文字に目をやる。“水沢”の二文字。

 このたった二文字にこれ以上縛られたくない。そう思いながら私はボタンに指を触れ、そのまま押し込む。


 耳に残る高い音が鳴り響く。そしてそれから程なくして、バタバタと大きい足音が近づいてくる。


「誰だよこんな時間に!!!休日の朝ぐらいゆっくりさせろや!!!」

 玄関のドアを勢いよく開けると共に、怒声をあげる“父親だった人”。

 さっきまで寝ていたのか、服装はだらしなく髪の毛もボサボサだった。しかしそれを気にする様子は無かった。


「相変わらずですね、お父さん」

 私は心の底から、家を出て良かったと思った。それと同時にこの人と顔を合わせて話さなきゃいけないのか、と言う倦怠感が襲ってきた。


 しかしそんなことは向こうには関係ない事で

「お前!!今までどこ行ってた!!俺たちがどれだけ心配したと!!」

 と私の顔を見るや否や、一層大きな怒声を上げる。

 今までだったらきっと、怒られたくない一心で反射的に謝っていただろう。けれど今日の私は覚悟を決めていたからか、とても冷静だった。

「心配なんてしてないクセに……」

 ポソリと呟く。呟かずにはいられなかった。

「はぁ!?娘の心配をしない父親がどこにいるんだよ!母さんだって心配してんだぞ!?」

「『アイツがいないと俺たちの生活が!』、だっけ?これが娘の心配する人の言葉なの……?」

「お前……それを、どこで……」

 私の耳に入るはずがないと思っていたのだろう。さっきまでまくし立てるように怒声を上げてた“父親だった人”は、みるみるうちに苦虫を潰したような顔になる。

 そんな顔に少しスカッとしながら、後ろで静かに私を見守ってくれてた詩織さんを紹介する。

「詩織さんが教えてくれたの。昨日、たまたまコンビニでお父さんを見たって教えてくれたの」

「は……?詩織さん、だぁ?どこのどいつだよ」

 そう言いながら、私の頭の上に目線を向ける“父親だった人”。

「どうも、昨日ぶりですね。しおりちゃんを一日預からさせていただきました」

「はぁ、こりゃどうも。……って、昨日アンタ知らないって言ってたじゃねぇか!おい、どう言う事だよ!!」

「あなたの元には帰すわけにはいかないと思ったので、黙っていました」

 鼓膜が破れそうになる怒声にびくともせず、冷静に対応する詩織さんに私は惚れ惚れした。

 そんな詩織さんに見習うように

「ふざけんな!俺の娘なんだから、さっさと返せよ!……まぁ、返ってきたんだから別にもういいけどよ」

「……別に帰ってきたつもりじゃないよ」

 私も負けじと、冷静に対応する。

 すると、目の前の男は呆れ顔をして口を開ける。

「はぁ!?何わけワカンねぇ事言ってんだ!?じゃあ何の為に来たんだって話だよ!ナァ、アンタもそう思うだろ?」

 そう言って詩織さんに同意見を求める。その目にはまだ余裕があるように私の目には映った。


 この余裕を、崩したい。


 私は心の中でそう思いながら、詩織さんの言葉を待った。


「まぁ、私もそう思ったんですけど……しおりちゃんの意思を尊重したくて」

「コイツの意思ダァ?そんなもん無視しときゃあ、いいじゃねえか。所詮子供は大人には逆らえないんだからよ」

 二人は正反対の人なのだと、流石の私でも分かってしまった。


 人間としてしっかりと私の事を見てくれている詩織さんと、モノとしか私の事を見ていない“父親だった人”。この二人が交わるわけがないのだ。


 そんな二人のやり取りを見ている中で、私はふと聞いてみたくなった事があった。と言うよりも、“私”が聞けと言って止まないのだ。

「お父さんにとって、私は人形ですか?」

「は?なんだって?」

「お父さんにとって、私は人形かって聞いたんですけど?」

 イラつきを隠そうとしない男に、私は同じような言葉を繰り返す。


 少しだけ“私”の口調が出てしまった時は、心臓が飛び出るかと思ったが、男はあまり気にする様子は無かった。

 それどころか、誇らしげに語り始める。

「何を当たり前の事を。所詮、子供なんて親無しじゃ生きてけないんだから、当然こっちの言う事を聞いてもらわなきゃ割に合わないだろ?」


 ナニヲ言ってるンダろうこノ人は……。


 抑えていた怒りがこみ上げ、昨日のように黒く塗りつぶされそうだった。黒くなって、目の前の男を壊したい衝動に支配されそうだった。


 けれど、私が苦しそうな時はいつも彼女が助けてくれていた。そして、今回も……。


 ───親無しじゃ生きていけない?私無しじゃ生きていけないの、間違いでしょ?


 そう言って、黒いモノを押しのけて、そして私までもを押しのけた。


 ───少し、見てて。


 そう言うと、私は暗い空間へと押し込まれ

「ふざけんな!!!この子を馬鹿にすんのもいい加減にしろ!!!」

“私”の叫びを間近で聞くことになるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る