第66話 口の中に暑さを感じながら
「しおりちゃんは何を作ってくれてるのかな〜」
熱いシャワーを身体中に浴びながら、私はキッチンで調理に励むしおりちゃんを想像する。
厳しい顔しながら必死に作ってくれてるのだろうか。それとも、楽しみながら気楽に作ってくれてるのだろうか。
どちらにしても、私が願うのはただ一つだけ。
しおりちゃんが無事であればそれでいいのだ。
それにしても、昨日までではまるで想像できなかった。
しおりちゃんが何も言わずに朝ごはんを作り始めるなんて。
今日も“彼”と暮らしていた時のように、シャワーを浴びてる音を聞きながら、朝ごはんの用意をするものだと思っていたから。
そして、今日は今日でしおりちゃんがゆっくり寝てる間に色々と済ませるつもりだったのだ。
それが、まさか朝ごはんの用意をしてる音を聞きながら、シャワーを浴びれる日が来るとは思わなかった。
仮にその時が来たとしてももっと先の事だと考えていたから。
しかし、それだけに残念で仕方なかった。
「……うん、苦くないや」
頬についた泡を舌に乗せても、特に苦みや気持ち悪さなんてものは感じられなかった。
流石に乗せたままは危険だとは思ったので、すぐさま水で洗い流したが、きっと何で試しても結果は変わらないだろう。
「……ごめんね、こんな私で」
私はただ、謝ることしか出来ず、その言葉は激しい水音でかき消されていくのだった。
一通り身だしなみを整え、浴室そして脱衣所から出ると、トマトと香ばしいパンの匂いが家中に漂っていた。そしてその香りには鼻馴染みがあった。
「ホットサンドかな?」
リビングに入るや否や、私は答え合わせをしようとテーブルの上を見る。
そこには出来たばかりであろう二切れのホットサンドがスクランブルエッグの横に、チーズを垂らしながら美味しそうに並べてあった。
「うまく出来てると、いいんですけど……」
そう呟くと、私に一口食べて欲しそうな目でこちらを見るしおりちゃん。
それの目に私は申し訳無く思う。そして、事実を未だに言えないことにも。
「それじゃあ、いただくわね」
「はい……っ!」
しおりちゃんに眩しい目で見つめられながら、一口齧る。口の中に熱さが広がる。
火傷寸前のその熱さは、私にはとても懐かしく感じられた。
「うん!よく出来てるじゃない、美味しいわよ!」
「よかったぁ……」
ずっと気張っていたのか、ほっと安心すると肩から崩れ落ち、顔をテーブルにつっ伏せるしおりちゃん。
そんなしおりちゃんの様子に私はズキンと心が痛む。こんな繊細な子をずっと騙し続けないといけないのかと。
さっさと喋ってしまって方がいいのではないか。そう思って、真実を話そうとした。話して楽になろうとしたのだ。
「あのね、しおりちゃ───」
「一生懸命レシピ見てやってたんですよ。うまくいってほんとよかったです!」
「そう、だったんだね!どう?次も作れそう?」
「多分、大丈夫かなと……」
「それじゃあ、また今度頼もうかしら」
しおりちゃんの嬉しそうな顔を見たら、言葉が引っ込んでしまった。そしてそのまま、なんでもないように装った。
自分の内で最後まで抑えていよう、そう心に決めた。
たとえ、しおりちゃんを騙している事になっても、それを知ってしおりちゃんが傷つくのであれば私はずっと騙したままでいい。
今はしおりちゃんが元気で、幸せで、健康であるならそれでいいのだから。
私は美味しそうに自分の分のホットサンドを食べるしおりちゃんを見て、改めて決意するのだった。
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