第65話 込み上げる感情を熱していく

「えっと、とりあえずスクランブルエッグ?ってものを作ってみたんだけど……こんな簡単なものでいいのかな」


 ───まずは作ってみることが大事なんだってば。ほら次やるよ!食材を早く切る!詩織さんお風呂から出ちゃうよ?出るまでに作り終わるんでしょ?


「そうなんだけど、そんなに急かさないでよ……」


 詩織さんがシャワーを浴びに行ってからしばらくの間、私は“私”とこんなやり取りをしながら必死にフライパンで卵を炒めていた。

 簡単なようで、卵を割った事なかった私には、中々大変な事だった。

 余っていた野菜や肉を油やバターで炒める、それぐらいの事しかした事が無かったから。


 だからこそ、割るのを躊躇って硬直していると

 ───急かさなかったらなかなか動かないじゃない。いいから口よりも手を動かす!

“私”にまたもや急かされる。


 けれど急かされたからこそ、次の料理を作れるのだ。グチグチ言われるのは辛いが、それが“私”なりのやり方なのだと知ってるから、特に文句は無かった。


 それに……

 ───次からはフライパン使わないから火傷しないでしょ?

 しっかりと私の事も心配してくれてるから。

「そうだね。でも、よくコレがあるって知ってたね。私全然気がつかなかったよ」

 私は卵を取り出したフライパンを水に浸けると、炊飯器の横にある調理器具に手を掛ける。

 ピンク色の塗装が施されたソレは小さい見た目の割にズッシリとした重みがあり、持ち運ぶときに少しビックリした。


 ───詩織さんなら持ってるかも、って思っただけよ。本当にあって良かったわ。

「勘だったんだ……。えっと、切った食材をケチャップとコンソメと一緒にレンジで3分っと」

 卵を割るときに予め切ってあったウインナーや玉ねぎ、ピーマンが入った小さな容器に、スマホに表示されているレシピ通りにケチャップやコンソメを計量を図り入れていく。そしてそれにラップで蓋をするとレンジに放り込む。


 その間に、手元に用意した調理器具の準備を進める。背にあるコードを近くにあったコンセントに繋ぎ、必要な分の食パンを用意する。こんなので料理になってるのかという疑問を持ちながら。


 すると、まだ2分も経っていないと言うのにレンジから匂いが漏れ出てきたのだ。

「いい匂い……」

 ───そうね。それじゃあ、仕上げといきましょうか!もう少しだから頑張りなさい。

「う、うん!詩織さん喜んでくれるよね?」

 私と呼応するように、どこか気分が上がってるような“私”。自然とこちらも気分が上がってくる。

 そんな自分に抑制を掛けるように、詩織さんの事を持ち出す。詩織さんが喜んでくれないのなら、こんな事はそもそも無意味なのだから。


 しかし、こんな私の問いに“私”は力強く返事をする。

 ───当たり前でしょ!もう少し自分の感覚信じなさいな。喜んでもらいたいと思ってやり始めた事を最後までやり遂げなさいな。


 自分自身に言われる言葉。けれどその言葉は私のものでは無く、“私”のもの。自分の言葉のようで違う人の言葉。私の中にいても“私”は私とは違う。


 だからこそ

「そうだね。……いつも、ありがとう」

 密かに“私”みたいにもなりたいと思う。


 詩織さんとはまた違った魅力。優しさではなく厳しさをもって私に接してくる。しかしそれには必ず、私を想っての事だと知っている。心は繋がっているのだから。


 やがて、レンジから“具”を取り出すと、調理器具の上にセット済みの2枚の食パンにそれを塗りたくる。今の時点でも十分美味しそうだったが、これから更に美味しくなるのかと思うと、少し好奇心が湧いてきた。


 もっと、色々知りたいという、今までの私からは出てこなかった感情が。

 生き延びる事に必死になっていた頃の私からは出るはずのなかった感情が、今湧いてきたのだ。


 込み上げてくる、楽しみたいと言う感情。もっと色んなものを作ってみたいと言う欲求。


 それらを引っ括めて、スライスチーズと一緒にパンの中に挟み込む。そして準備が整った調理器具で更にそのパンも挟み込む。


 ジューーーー!!


 芳ばしい香りと共に食欲を誘う音が鳴り響く。そして挟み込まれた感情が焼き焦がれていく感覚を覚えた。

 今まで熱を持っていなかったそれらが一気に熱を持ち始めた瞬間であった。


 これらがずっと熱を持ち続けてるかどうかはこれからの私次第だろう。けれど、きっと大丈夫な気がした。

 詩織さんがいる。“私”もいる。心強い人が二人も私の事を見てくれてる。それだけで、大丈夫な気がしてくるのだ。



 そしてやがて、朝食は完成する。見様見真似で作ったそれはレシピの最後にある完成予想図のような綺麗な形にはならなかった。

 それでも私は自信を持って詩織さんに食べてもらいたいと思えた。



 それだけ、初めてレシピを見て作ったソレは私にとって達成感が凄かったのだ。



『ピザ風ホットサンドの作り方』と書かれたサイトを閉じると、私は静かに盛り付けを始めるのだった。

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