第64話 朝が来て、罪悪感を思い出す
「う……うぅ〜っ!」
朝がやってきた。朝日がカーテンを超えて寝室に差し込まれる。その陽を浴びながら、私は大きく伸びをする。
昨日に色々な事が積み重なっていたからか、疲れが若干残っている気がした。
「しおりちゃんが起きる前に、シャワーでも浴びてこようかな……っていない!?」
ふと横で変に盛り上がってる布団に目をやると、そこにはいるはずの人物がいなかったのだ。
その代わりに、キッチンの方から芳ばしい香りと共にジューっと、油が弾けるような音が聞こえ始めた。
「まさか、ね?」
そう呟きながら、私は部屋を出て音の正体を確かめる事にした。
そしてその正体は、まさかというか、やはりというか……。
「あっ、詩織さんおはようございます」
しおりちゃんだった。サイズの合ってないブカブカのピンク色のエプロンを身に纏う、可愛らしい姿のしおりちゃんだったのだ。
「……おはよう、しおりちゃん。朝ごはん、作ってるの?」
「そうなんですが、ちょっと時間かかりそうです!ほんとは詩織さんが起きるまでには済ませたかったんですけど……」
そう言って必死にフライパンの中を菜箸で混ぜるしおりちゃん。
時々、『あつっ……』と言って火傷しかけた指を咥えるしおりちゃんの様子に、ちょっとした危なさを感じながらも
「私のことはいいから。ゆっくりで構わないわ」
私は最後まで手出しをしない事にした。手出しすればあっという間に朝ごはんは完成するだろう。これ以上、しおりちゃんが火傷なり何なりを心配する必要もなくなるのだろう。
けれど、それではしおりちゃんの為にならない気がしたのだ。
だから、一度しおりちゃんだけでやらせてみようと思った。昨日の昼、自分の失敗も踏まえて、だ。
昨日の昼、私が卵スープを作った際にどこか残念そうな表情をしてるのを、今でも覚えてる。その表情を見たとき、私は心にチクリと何かが突き刺さったのだ。
それが何かだったかは、“先生”に電話した時に気がついた。あの時、刺さったものが何だったのか、を。
罪悪感であった事を。
「私は、少しシャワー浴びて来るわね。多分すぐ出ると思うけど、何かあったらすぐに呼んでね?」
私はその罪悪感をひっそりと胸に抱きながら、浴室へと向かう。
そんな私に笑顔を向けるしおりちゃん。
「あっ、はい。上がる頃には完成させときますね!」
昨日とは打って変って明るかった。今までが辛かった反動なのだろうが、それが妙に不気味にも感じられた。
「そんなに焦る必要ないからね?」
念を押すようにしおりちゃんにそう言うと、私の言葉に彼女が元気よく返事をする。
「大丈夫です。“私”がついてくれてますから」
「……?そう、なら安心ね」
自分がついてくれてるとは一体そういう事なのか、いまいち自分には理解できなかったが、しおりちゃんが自信を持って大丈夫というのだから、きっと大丈夫なのだろう。
どう言った心境の変化があって、今彼女が元気を振舞ってるのかは分からないけれども、無理してる様子も無かった為、特にそれを追求することはしなかった。しても私に何ができるわけども無いし、しおりちゃんが幸せならそれでいいのだ。
今度は、間違えないようにしないと。
私の為では無く、しおりちゃんの今後の人生の為に。
『ねぇ、詩織ちゃん?そのしおりちゃんって女の子が何をするか、どこに居たいかはその子自身が決めることよ。私たちが決めることでは無いの』
昨日、電話越しで“先生”に言われた事を頭に浮かべながら、私は浴室へと向かった。
「やっぱり、“先生”には敵わないよ……」
あまりにも大きな“母親”としての存在を背後に感じながら。
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