第55話 沈黙を破り、私は願いを口にする
「「いただきます」」
同時に声を出すとそのまま、詩織さんと一緒に私は食事を始めた。
テーブルの上には詩織さんがついさっきコンビニで買ってきたしょうが焼きを箸で挟んで食べる。綺麗で美しい箸さばきの詩織さんと違って、相変わらず私の持ち方は汚いけれど、食べれればそれでいいのだ。
そう思って、お椀の中のスープをズズッ口に流し込む。昼の残りのたまごスープだ。出来立ての時とはまた違う風味が口の中に広がる。具材にスープの旨味が染み込んでいて、味が濃厚に感じられた。
またそれ以上に、詩織さんの凄さを実感させられた。短時間でこんなに美味しいものを作ってみせた調理能力に。それを謙遜していた心の広さに。
「あぁ……やっぱり詩織さんはすごいなぁ……」
「ん?しおりちゃん、どうかした?」
「えっ?あっ、いえ!なんでもないです!!」
「そう?」
「はい、大丈夫です」
どうやら心の声が漏れ出てでいたようで、先ほどまで黙々と食事をしていた詩織さんが私に呼びかけてきた。反射的になんでも無いような素振りをしたけれども、果たしてそれが、詩織さんに通用してるのか、不安だった。
またそれ以外にも、心の声が漏れ出るのが頻繁になっているのも不安の要因だった。
これまでは何度も自分の感情は可能な限り押し殺し、表情に出さないように生きてきたというのに、今日一日まるでそれが出来ていない。気づけばボロを出し、本音を漏らし、感情を露わにして泣き崩れ、家のことを思い出し暴れ出す。昨日まで私がしてきた生活とは丸っ切り違う。
けれど、その度に詩織さんは私を慰め、抱きしめ、私のために泣いてくれた。初めての人だった。私の事をここまで見てくれた人は。
「なら良かった。何かあったら、遠慮なく言ってね。できる限りの事をしてあげるから」
そう微笑みながら、詩織さんはまた黙々と食事を再開する。
何も聞かない。さっきまで何をしていたのか、詩織さんは一切私に聞いてこない。それが不安で不安で、耐えきれそうにも無かった。
───どうして何も聞いてくれないんですか!?
今すぐにでも問いたかった。問いて、この不安から逃れたかった。逃げて、何になるのかわからないけれど、とにかく逃げたかった。
あの大会の日から私は弱くなってしまった。逃げることが当たり前になってしまった。気づけば、もう一年が経つ。
一年間私は逃げてきた。“あの人たち”から。“あの人たち”と向き合うのを一年間も逃げてきた。
いや、それより前から逃げていたのかもしれない。
───変わりたい。このままの私は嫌だ。もう、逃げたくない。
そう思った私は、詩織さんの目を見つめながらこんなお願いをするのだった。
「明日、一緒に家まで来てくれませんか……?」
と。
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