第52話 偏見と『腐った親』

「すっかり遅くなっちゃった……」

 車のメーター近くに表示されている時刻『20:23』を見て、私は一人家に私の帰りを待っているであろう詩織ちゃんの顔が脳裏に過ぎった。部屋の隅で私の帰りを大人しく待っている姿が。


 早くしおりちゃんに会いたい。


 その言葉を頭の中で呟くと、私のしおりちゃんへの想いがより一層加速し、アクセルペダルをグイッと押し込ませる。車は見る見るうちに加速し、法定速度ギリギリで道を走る。

 土曜日の夜中ということもあり、さほど道は混んでおらずスイスイと家の近くへと戻る事が出来た。


 道中、“彼”から『もう一度だけ機会をくれ』とメールが来たり、電話が三件ほどかかってきたが全て無視し、間も無くして連絡先から削除した。それと同時に迷惑メールと着信拒否の設定も行った。これで完全に“彼”とは縁が切れた。


 私ならすぐに許してくれるとでも思ったのだろうか。それほど軽い女に見えていたのだろうか。口だけだと思われたのだろうか。

 益々“彼”と見切りをつけて良かったと思えた。もうこれで、関わることは無いだろう。


 そう思いながら、私はエンジンを止めて車から降りた。そこは家では無く、コンビニ。昼間にしおりちゃんの下着を買ったコンビニである。

「帰ってから作ってたんじゃ、待たせちゃうものね。うん、今日ばかりはいいよね」

 自分にそう言い聞かせて私は本日二回目のコンビニへと入店した。


 そして一目散に弁当・惣菜コーナーへと足を運んだ。いつぶりだろうか、コンビニだけで無くスーパーを含めて惣菜や弁当が並べられてあるコーナーに足を運ぶのは。

 少なくとも、“彼”と一緒に暮らしていた時は一切踏み入れていなかった。全部自分で作るのが当たり前だと思ってたし、惣菜は甘えだと勝手に思っていた。ゆっくり時間を掛けて作った方がきっと喜んでくれると、信じていたから。

 けれど、いざ時間が惜しい状況になって見れば、惣菜コーナーはありがたいものだと身に染みて感じた。弁当も同様だった。


 と、こんな風に惣菜の有難さに感激していると

「いい歳した大人の女が惣菜とか……恥ずかしく無いのかしら、ホホホ!」

 後ろから見知らぬ女性に小馬鹿にされた。

 どうしてこうも同じ店でまた嫌な想いをしなければならないのだろうか。

 一度目は耐えることはできたが、二度目ともなるとそうはいかなかった。

「……別にあなたには関係ないですよね?人の食生活に口出ししないで下さいますか?」

『豚の生姜焼き』をカゴの中に入れると、私は女性の方へと向き合い真っ向勝負へと出た。正直関わりたくは無かったけれども、喧嘩を売られて黙っていられるほど私は大人しくは無かった。

 けれどそれが間違いなのだとすぐに気づいた。

「別に口出しなんてしてないわよ?ただ、いい大人の女性が惣菜に頼るのはどうなのかなぁって、思っただけ」

「……そう、ですか」

 この人は自分の思想を人に押し付けようとしているだけなのだと。


 よく見ればその人は私よりも一回りも二回りも歳上に見える女性だった。昼間の男性といい、この辺りは気難しい人が多いのだろうか。そう思いながら、そそくさと女性から離れ会計を済ませることにした。

 しばらくこのコンビニに来るのは控えよう、そう思いながら店を出ると

「……っち、あの野郎電話に出ろよ!!電源もさっきまで切ったまんまだったしよ!いい加減にしろってんだ!!」

 とどこかで聞いたことあるような男の声が入り口のすぐ横で聞こえた。

 もしやと思いそちらの方に目を向けると、まさかというかその通りというか、昼間に会った失礼な男がいたのだった。

 やがてその男も私に気づいたのか、

「なんですか?またコンビニで下着でも買ってたんですか?はははっ!!」

 と下品な笑いをしながら私に近づいてくる。

 けれど私はこの人に付き合うつもりなんて無かった。

「先を急いでるんで、私は失礼します」

 そう言って私は自分の車の元へ戻るつもりだった。

「まぁ待て、すぐ終わるから」

 男性に道をふさがれてしまったけれども。


 するとすぐさま男性は一枚の写真を私に見せる。

「コイツ、見たことねぇか?」

「……無いわ」

「本当かぁ?」

「ええ、本当よ」

 私は男性から聞かれた問いに淡々と答えた。余計なことは言わないように言葉を選びながら。

 すると、男性の求める答えでは無かったのか

「ッチ、使えねぇ……」

 不機嫌そうに、私に見せていた写真をズボンのポケットにしまう男性。

 それを確認した私は車の方に足を向けていた。

「もういいですよね?」

「あぁいいよ、とっととどっか行け」

 一通り聞いて私は用済みになると、呆気なく私を開放してくれた。


 そして間も無くして私は車へ乗り込み、エンジンを掛ける。それと同時に堰き止めていた言葉が不意に出る。

「……あの写真、しおりちゃんよね」

 小さい頃の写真ではあったが、あの男性が私に見せてきたものは、間違いなくしおりちゃんの写真だった。

 車を出発させる時、ちらりと先ほどの男性の方を見ると私にいちゃもんをつけかてきた女性がそばに寄り添っていた。



 あの男性にしてあの女性あり。まさにお似合いだった。お似合いの───『腐った親』であった。

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