第51話 乾いた喉に、高らかに鳴り響く着信音

「ごめ……さ……ぃ」

 どれくらい謝ったのだろう。どこかに出かけてしまった詩織さんに、そして私なんかが詩織さんに関わってしまった事に。何度虚空に謝ったのだろう。喉が乾いても尚声を出し謝り続けた結果、声をまともに出す事すら困難になっていた。

「ぅ……ぁ……っ!!」

 それでも私の謝罪衝動は収まることは無かった。収まり切らなかった。私の喉が潰れたところで詩織さんへの贖罪になんてならないのだから。

 ずっと、謝り続けよう。詩織さんがここに戻ってくるまで。そして戻ってきてからも。


 私なんかが詩織さんに関わってしまった事を。そして、今の私の居場所はここしかない事を。


“私”は何も語りかけてくれない。ずっと静かなままだ。まるで疲れて眠ってしまったかのように。

“私”の声を聞きたい。一人は嫌だ。もう一人でいるのは嫌だよ……。


 気づけば私はまた寝室へと足を運んでいた。ここにくるのは今日で何度目だろう。なぜか自然とこの部屋に足が向いてしまう。

 詩織さんの香りが充満してるからだろうか。落ち着いて寝れた場所だからだろうか。いや、きっと両方なのだろう。

 詩織さんの家に来て、私は生まれて初めて落ち着く匂いを感じることができた。そして久しぶりに安心して睡眠を取ることもできた。詩織さんに昨日の夜出会わなければ、きっと味わう事なんて出来なかった。お腹いっぱいの朝食や、温かいシャワーだってそうだ。昨日までの私では体験することなんて出来なかった。

 そんな幸せな今日はこの寝室で目を覚ましてから始まった。


 きっと今日起きた出来事が夢ではなかったと確認する為に、無意識のうちに足が寝室へと向いてしまうのだろう。

 微かに二人分の窪みがある毛布を見て、さっきまで詩織さんと一緒に軽く寝ていた事が現実だったと認識する。壁に掛けてあった私のカバンから自分のスマホを取り出すと、毛布の窪みに埋まるように座った。

 スマホの電源はつかなかった。丸一日放置していた程度なら平気だろうと思っていたが、ダメだったみたいだ。

「……電源コード、どこだっけ」

 そう言って私はベッドから立ち上がり、再び自分のカバンを漁り出す。寝室の明かりは点けていない為、うまく中身が見えない。電源コードをしまっている布巾着はどれだろうと、ひたすら手探りを続けた。

 それでも私は部屋の明かりは点けない。眩しいのには、まだ慣れないから……。



 やがて、カバンの中から電源コードを見つけると、部屋の隅の方にあるコンセントへとコードを繋げスマホの充電を始めた。

「……こんな事でしか甘えることできなくてごめんなさい」

 スマホが再起動するまで、私は枕を抱きかかえ、そのままその匂いを鼻で思いっきり吸い込んだ。

 詩織さんの甘く、それでいて少し酸っぱい不快感の無い香りが鼻いっぱいに広がる。しかしそれと同時に、喉に激痛が走る。

 けれど、それでも私は再び思いっきり匂いを吸い込む。これが今の私にとっての幸せだった。詩織さんが戻って来る前に、満足してしまおう。こんなこと、詩織さんのいる前では絶対にできないから……。



 けれど、幸せはそう長くは続かなかった。


 prrrrrrrrrr───

 自動で再起動すると同時に、高らかに着信音を鳴り響かせる私のスマホ。

 誰だろう、そう思って画面を確認すると、そこに表示されていたのは『お父さん』の文字。


「ヒィ……ッ!」

 私は思わず、持ち上げたスマホを放り投げてしまった。幸い画面等にキズはつかなかったけれど、その代わり着信音は未だに鳴り続ける。

 私はその様子をただ毛布を被りながら、ただただ静かに着信が収まる事を願うばかりだった。

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